第四幕、御三家の幕引
 桐椰くんは何でもなさそうな顔でミーティングテーブルについていた。どうやら桐椰くんは副会長の机につくのが好きではないらしい。私を鹿島くんだと思ってたのだろう、顔を上げた桐椰くんは一瞬だけ驚いた顔をした。


「……なんだ、お前か」

「なんだとはなんですか、失礼な」

「彼氏ならいねーぞ」

「見れば分かるよ。いいの、生徒会室はコーヒー飲み放題だから」


 声が震えそうになるのを必死に抑えながら、我が物顔でキッチン周りを物色する。


「桐椰くん、コーヒー飲めるようになった? 飲めるようになってたら入れてあげるよ」

「飲めないみたいに言うな。好きじゃねーんだよ」

「それが飲めないのでは……」

「違うっての」

「あ、オレンジジュース発見。桐椰くんの私物じゃん」


 冷蔵庫内のオレンジジュースには“キリヤ”と書いてあった。


「飲む?」

「いや、今はいい」

「えー、なんか一人で飲むのも気が引けるんだよなー。あ、ココアあったよ、ココアいる?」

「……いる」

「桐椰くんのマグカップどれ?」

「森の音楽隊みたいなやつ」


 何のこっちゃ、と思ったけど、棚を見ると一瞬で分かった。白地で、カップの底が草木の緑色、楽器片手のクマやらリスやらが描いてある。随分可愛らしいマグカップを生徒会室で使ってるんだな、桐椰くん。

 私もココアにしよう、と準備をして、電気ケトルが鳴き始めるのを待つ。桐椰くんはキッチンに背を向ける形で座っているせいで、顔は見えない。


「何のお仕事してるの?」

「二月の会報。目から血が出るまで誤字確認しろって」

「なにそれ」

「誤字あると恰好悪いだろ。いま五回目の確認中」


 それで集中力がどうだの話してたのか。考え事をしながら、しかも五回目の確認なんて、目が滑る気しかしない

「じゃ、休憩しないほうがいいの? どこまで読んだか分かんなくなっちゃう?」

「チェックしながら読んでるに決まってんだろ……サンキュ」


 ココアを入れたマグカップをテーブルに置いて、桐椰くんの隣からテーブルを覗き込む。一語ごとに赤鉛筆でスラッシュのようなチェックが入っていて、中学生の文法の課題を思い出した。これを新聞のような会報相手に五回……? 気が遠くなるような作業だ。


「こんなのいつもやってるの……?」

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