第四幕、御三家の幕引
「ああ。忙しいときはマジでイライラする」

「ただでさえカルシウム不足なのにね……」

「別に足りなくねーよ、お前が無駄にイラつかせんだ」


 ココアの湯気で眼鏡が曇ったのが鬱陶しくて、眼鏡を外した。ふぅ、ふぅ、と息を吹きかけていると、湯気と視力のせいでぼやけた桐椰くんがこちらを見ている。


「どうしたの? 桐椰くんのはそっちだよ? それともふーふーしてほしい?」

「無駄にイラつかせるって言ったそばから煽ってくんじゃねーよ!」


 一口飲んだ桐椰くんは「濃くね?」と眉間に皺を寄せた。お湯を入れた後に牛乳の存在に気付いたから仕方ないんだ。

 ココアのお陰で、少しだけ穏やかな沈黙が落ちる。


「……桐椰くん、昨日お休みだったね」

「……あぁ」

「……みんなで行ってたの?」

「……あぁ。日曜に行くだけにしてもよかったんだけど、わざわざ学校行く必要もないってことになったしな」


 その意見はきっと松隆くんのものだろうけれど、真面目を人間にしたみたいな月影くんが頷いたのは少し驚きだ。そのくらい月影くんの中での優先順位が高い。


「……悪かったな、何も言わずに休んで」

「別に悪いなんてことないでしょ」

「……お前に手伝わせたこともあるし、断りいれるのが義理だとは思ったんだけど」

「文化祭は、ほら、取引だし」

「わざわざ言ったら、お前に考え込ませることになるんじゃねーかなって思って、言わなかった」


 確かに、鹿島くんからその事実を聞いた後、思い悩みはした。でも、御三家の誰かから直接事前に聞けば、その場でははっとすることがあっても、それ以上は何も思わなかった気がする。

 所詮他人事でしか感じれない、そういう人種だ、私は。


「……おじさんとおばさんにも会ったんだけど、二人とも、なんとか元気そうだった」

「……そっか」

「……今でも時々ぼーっとするって言ってた。思い出して、あぁいないんだなってなって、あの日のこと考えて。夕方になると、そろそろ帰ってくる時間だなとか、何を食べさせようかとか……」


 語尾が掠れていったかと思うと、視界の隅で何かが横切った。やや乱暴にマグカップを置いた桐椰くんが手の甲で拭うのを見て、溢れるまで堪えた涙だったんだと気付いた。


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