第四幕、御三家の幕引
「……お前のお陰で、透冶が、最後に残してくれたことを知れた。あの時まで、死んだ透冶が何を考えてたのかが怖かった。あの日、遺書を読んで、それが分かって、安心したんだ。透冶に恨まれてないって」


 手の甲で拭うには追いつかないほど涙は溢れているのに、誤魔化すことなんてできないのに、それでも桐椰くんは、俯いて腕で隠そうとする。


「それなのに、だめなんだ」


 締め付けられた喉から絞り出された声が震える。


「アイツに最後に会ったのは俺なんだ。アイツは最後の最後に恨み言を残すようなヤツじゃないって知ってるから怖いんだ。アイツの遺言が、段々信じられなくなるんだ。思ってること全部書いたはずがない。だったらその中に俺への、もっと別の言葉があったんじゃないかって」


 遺言は、独白ではない。恨みがあるとまではいわなくても、死を選ぶまでの葛藤はどこかちぐはぐに省略されている。透冶くんの遺言だってそうだ。ちぐはぐというか、葛藤は綺麗に省略して、自分で出した答えだけが記されていた。まるでそれが全てだとでもいいたげに。


「何も、できなかったんだ、俺は。何も知らないで、知ったふりしてただけなんだ。……アイツに、アイツが苦しまない一言を言ってやりたかったって思う。……それなのに、今でもその一言が分からない。たった一言なのに……」


 してやれたはずのことは、現にできなかったこと――。鹿島くんの台詞が甦った。

 グラスを置いて、桐椰くんの上着の袖を引っ張った。頑なに顔を見せようとしない桐椰くんが、それでも少しこちらを向く。そのまま、ぎこちない姿勢で正面から抱きしめた。

 腕の中で、桐椰くんが驚いた気配がする。それでも構わずに腕は解かず、桐椰くんに頬ずりするように体ごと抱きしめた。どくん、どくん、と心臓の鼓動が熱と共に伝わってくる。その姿勢を崩さないようにしながら、ふわふわの髪をおさえるように後頭部を撫でた。


「……分かるよ」


 本当は、分からないけど。私は、人を亡くしたことはあるけど、大切に大好きに想っている人を亡くしたことはないから、半分は嘘だけど。


「どうしようもなく、突然だから。誰かが死ぬのって。一番最後の言葉が、最後になるなんて思わないから」


 お母さんは、家に帰るといなかった。

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