第四幕、御三家の幕引
 あぁ、いないな、としか、私は思わなかった。それ以上の興味はなかった。だから、最後の一言なんて思い出せない。お母さんが死んだ日の朝、いってきますは言ったけど、お母さんが聞いていたのかは知らない。だから、会話として成立した最後の一言が何なのか、私は思い出せない。思い出す気もない。

 でも、私にとってはたったそれだけのことが、透冶くんを亡くした桐椰くんにとっては、重すぎる枷だ。幼馴染、自他共に認める親友、いつだって四人でいたのに、最後の会話は狙い澄ましたかのように一対一。神様の悪戯にしては度が過ぎている。


「言えないよ、その人がこれから死ぬことに備えた一言なんて。死ぬと分かってたらいってらっしゃいを言ったなんて、そんなの、分からなかったんだから言えない。それと同じだよ」


 腕の中で、少しだけ緊張が解ける気配がする。自分の顔のすぐ横で、桐椰くんの喉が上下した音がする。


「……でも、その一言があれば、アイツは死ななかった……」

「かもしれない、だよ」


 腕に力を込めながら、語気を強くする。


「自殺なんて、普通できないよ。だって怖いもん。痛いとか苦しいとかそんなことじゃない。自分が周りになんて言われるか、あることないこと勝手に話を作られるんじゃないかとか、迷惑かける人がいるんじゃないかとか、逆に誰もがどうでもいいって思って終わる程度の存在って分かって終わるだけなんじゃないかとか、生きてたら分からなかったことが全部分かっちゃう。他にもたくさん怖いことあるんだから、軽々しくなんて死ねない」


 鹿島くんとの会話を聞いていたとは気付かれないように、言葉を選ぶ。


「だから、それだけの怖さを全部乗り越えて死ぬって決めた透冶くんの決意を一言でひっくり返すことなんてできたかどうか分からないよ。……私は透冶くんを知らないけど、できなかったんじゃないかって思う。だって透冶くんは、こんなに桐椰くん達に愛されてるのに、桐椰くん達が哀しむって傲慢じゃなくて分かったはずなのに、それでも選んだんだから」


 それとは別に、私は、余計なことを言ってないだろうか。後から桐椰くんが思い出して辛くなるような言葉を口にしてしまってないだろううか。


「……でも、それでも、俺が言ったことは……」


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