第四幕、御三家の幕引
 次はカヌレに手を伸ばそうとしていた松隆くんが手を止めた。ついでに「やっぱりコーヒーと一緒にするか……」なんて呟くから、あとは家に帰ってからのおやつにするんだろう。


「さぁ、世話になったからと言っていたが、正直俺には何のことかさっぱりだ」

「世話……。……あぁ、分かった。そういうことね」


 私達に教えてくれる気はなさそうな様子で頷き、指をハンカチで拭いて、丁寧に箱をしまう。こういうところはやっぱり育ちがいいな、松隆くん。


「了解、薄野にはまたお礼を言っておくよ」

「そうしてくれ」

「じゃ、俺達そろそろ邪魔だし――」

「全然邪魔じゃないからいてくれていいよ」

「やだよ、私そろそろ殺意だけで殺されちゃうよ」


 私の腕を掴もうとした松隆くんの手は代わりに桐椰くんに掴まれてしまったので、二人の間でバチバチと火花が散る。余計に私が居た堪れないのでいい加減にしてほしい。


「はい、帰ろ帰ろ、ツッキー」

「言われなくとも帰るが」

「待って、じゃあ俺も」

「いやお前はここが帰る場所だろ。座ってろ。握手会まだ終わってないから」

「俺は動物園の見世物パンダじゃないんだよ。なんでこんなことに耐えなきゃいけないんだよ」

「イケメン税なんじゃないかな」

「俺の中で五本の指に入りそうなくらい嫌いな言葉だからやめてくれる、それ」


 不機嫌な松隆くんを残してそさくさと教室を出て、ちょっとだけ振り返ると、早速握手会が再開されていた。哀れなり、松隆くん。


「すげぇなぁ、今までで一番酷いんじゃね?」

「毎年あれなんだと思ってたけど、違うの?」

「去年より列長いと思うぞ」


 あ、列は去年もあったんですね。


「桐椰くんの誕生日も今年が一番騒がしいって言ってたもんね。なんでだろうね?」

「なぜだろうな。二人共、顔立ちが激変したというわけでもないが」

「あの顔のまま中学生だったの? あんまり想像できないけど……」

「……あー、こう見ると幼いな。そのせいか?」


 桐椰くんが見せてくれたスマホには学ランを着た松隆くんがいた。紙パックのヨーグルトを飲んでいるときに呼ばれて振り返ったような姿だ。なんとびっくり、今の松隆くんから胡散臭さが抜けている。


「かっ……かわいい……!」

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