第四幕、御三家の幕引
 教室内に申し訳なさそうな空気が漂う。飛脚の子が公然と松隆くんに問いただしたに違いない。どうやらその罪は重いようだ。


「そういえば遼、遼の家に早慶の赤本ない?」

「あぁ。兄貴のだから古いけど」

「今日借りに行っていい? どんな感じかやってみたくて」

「いいけど。お前が真面目になったって噂、本当だったんだな」


 しみじみと頷く桐椰くんを、松隆くんはじろりと睨み付けた。何か察しろと言いたげだ。


「じゃ、そういうことだから。放課後よろしくね」

「ん」


 気が済んだだろ、とでもいいたげに桐椰くんは背後の女子を教室の外へ促す。背後の松隆くんはうんざりした表情で、また握手会を始めていた。


「ねー桐椰くん、松隆くん大丈夫かな?」

「んー、なにが?」


 松隆くんのファン達は先に教室に行ってしまったので、松隆くんの話を不用心にしても問題はない。


「なんかさー、イライラしてたじゃん、珍しく」

「わりとイライラするぞ、アイツ。ああ見えて短気だし」

「そうじゃなくてさー、人前で」

「まぁあの感じだと暫くイライラしてるかもしれねぇけど、すぐ直るだろ」

「そう? それならいいけど……」


 あんなに人前で負の感情が出ているのは珍しいからつい気にしてしまうけど、気にしすぎだろうか。幼馴染の桐椰くんが平気だっていうなら平気かな。

 ただ、ふーちゃんの件は、ただの噂ではない気がした。昨日、桐椰くんがちょっと変だと指摘したのはその件のせいだとすると納得がいく。松隆くんが真面目になったとはいえ、わざわざ赤本を貸してくれなんて……しかもこの時期に。桐椰くんと帰って、公共の目がない場所でふーちゃんの件の話をしたい口実じゃないだろうか。そして私がこう考えるということは、気付く松隆派も多いのでは、と思ってしまったけれど、少なくとも桐椰くんの家まで行けば人に聞かれる心配がなくなるので、尾行されても問題はない。一瞬の杞憂だった。


「つか、総がこれってことは……」

「ん?」

「薄野、大丈夫か? 女子同士の方が怖そうじゃね?」


 確かに……! 飛び込んできた女子が松隆くんに聞くことばかり言うからつい松隆くんのほうばかり気にしてしまっていたけど、確かに桐椰くんの言う通りだ。でも七組に行ってたら休み時間は終わってしまった。そして四時間目の前は移動教室……。


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