第四幕、御三家の幕引
「……今のところは進んでるかな。立場上、あたしは断る側じゃないから。松隆くんがお父様を説得できるかどうか次第だよ」


 そうか、父親同士の立場でいえば松隆くんのお父さんが圧倒的な上……。つまり、松隆くんはだらしなく女遊びをしないという点で、いまいちお父さんの信頼を得られてないということだろうか?

「でもねー、松隆くんも酷いんだよ。あたしを見た瞬間にゲッて顔して、『俺と薄野の仲だし、夕方まで適当に話して解散したってことでいいよね?』なんて笑顔で言ってさっさと帰ろうとし始めるんだよ。失礼だよねぇ」

「……アイツらしいな」

「結局夕方までだらだら喋ったんだけどねぇ。ちゃんと破談になればいいなぁ」

「……君は……」


 のんびりとしたふーちゃんの声とは裏腹に、月影くんの声は僅かな緊張感を帯びている。


「……君は、総と……」

「ん? だからこの間お見合いしたんだけどねー、付き合ってはないよ。松隆くん次第だから保留中」

「……そうか」


 一瞬の躊躇(ためら)いと、息を詰めた頷き。落ちた沈黙が、二人の間の微妙な距離を表していた。

 近いはずなのに遠い、届かない、微妙な距離。


「……薄野」


 月影くんが、そんなに言葉に躊躇する相手を知らない。


「……ずっと、謝ろうと思っていたんだ」


 月影くんのそんな苦しそうな声を聞くのは、二度目だ。


「……あの日、君にしてしまったことを、ずっと謝りたかった。悪かったと、たった一言なのに言えないでいた。本当に、すまなかった」


 見えなくても、月影くんが深々と頭を下げている様子は目に浮かんだ。それを泣き出しそうな顔で見つめるふーちゃんも。


「……えー、何もしなかったんだから、いーんだよ」

「……全く何もしてないわけじゃない」

「そうだっけ? もう一年くらい前のことだし、忘れちゃった」

「……雁屋の件も、きちんと謝罪をしていなかった。巻き込んですまなかった」

「あれはあたしから巻き込まれに行ったようなもんだからねー」

「……あの日、君に――」

「別にねー、いーんだよ。もう一年も前のことだし、今更あたしも蒸し返すことなんてないよ」


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