第四幕、御三家の幕引
 相変わらず松隆くんと桐椰くんが仲良く並んで歩いていて、月影くんは黙々と興味の赴くままにじっと気になった魚を眺めている。そこまではいつも通りだったのだけれど、月影くんの隣にはさりげなくふーちゃんが収まっていた。それでもってあの月影くんが迷惑そうな顔ひとつせずに時々話している。


「……駿哉と薄野って元々仲良かったんだね」


 ぽつっと、海遊館の細やかな喧噪に紛れるように、小さな声が零れたのを聞いた。その声の主の視線は水槽から月影くんに移っている。


「……だな」

「……知らなかったね」

「……あぁ」


 ただ交友関係を知っている知らないだけではなく、それに対する僅かな後悔も聞こえた気がした。

 二人の関係を邪魔しないよう気遣うかのように、気付けば三人で先にエスカレーターを上がってしまっていた。月影くんの誕生日プレゼントを買いに行ったときと同じようで、でも私と桐椰くんの位置が逆だった。そして、あの時と違って会話はなかった。

 エスカレーターの先にあったのは森だ。じっと見ていると岩だと思ってたものがサンショウウオだった。岩とも肌とも分からぬ中に丸い目があるけど、どんよりとしてどこを見つめているのかも分からない。お陰でなんとなく不気味だった。


「山椒魚って見たら井伏(いぶせ)鱒二(ますじ)思い出さね?」

「……あぁ、小説の。お前ちょいちょい渋いところ出すよね」

「そうか?」

「昔読んだっきりだよ。教科書に載ってたんだっけ?」

「えー……俺が読んだのは教科書じゃなかったんだけど……知ってたから教科書のは読み飛ばしたんだっけな……」

「いずれにせよもうほとんど内容も覚えてないよ、俺は。せいぜい老害にはならないように気を付けよう、あとは自省しながら謙虚に生きようかなってくらい」

「すげーざっくりした解釈すんな、お前」

「でも合ってるでしょ」

「大体」

「まぁ、俺は蛙にはなれないけどね」


 私がくだらないことを考えているのに二人が高度な会話をしている……。なんなら私は『山椒魚』を読んだことがないので何のことかさっぱりだった。

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