第四幕、御三家の幕引
「色気のないキスだな」


 ほんの数センチ離れたところから囁かれても何も感じない。この人へ向ける感情は、嫌悪とか憎悪とか、そんな分かりきったものよりも、疑惑という謎めいたもののほうが似合う。


「生憎、好きでもない人と色気のあるキスなんてする気になれないので」

「それは同感だな。じゃ、そういうことで、月初めは仕事が忙しいんでね。君に構ってあげる暇はないから、大人しくできないなら家に帰りなよ」


 撫でるように私の頬から離した手を、そのままひらひらと振る。今しがたキスした相手に毛ほどの興味もないかのように、平然とした表情で、机について。たったそれだけのことで、唇を手の甲で拭う私が惨めにされた気がした。

 そんな惨めな気持ちのまま、生徒会室に残っている気にはなれなかった。カバンを手に持って、コートも着て、こちらを見向きもしない鹿島くんをじっと見つめる。


「……帰るよ」

「あぁ、じゃあな」

「彼女のこと、少しは引き留めなよ」

「引き留めてほしいならもっと可愛らしい言い方でもしたらどうなんだ」

「帰ります、さよなら」


 せめて、鹿島くんに関する情報を整理しよう。

 鹿島くんには許嫁がいた。その人は八橋さんのお姉さんで、既に亡くなっている。その後の許嫁事情は不明。

 鹿島くんは、去年の一月、透冶くんの事件に始まり、雁屋さんの件、桐椰くんの停学の件、雅の件、鳥澤くんの件、全てに関与していると言った。その動機は松隆くんへの感情。でも松隆くんとの軋轢(あつれき)を裏付ける具体的な事実はなし。松隆くんにも自覚なし。

 そして、鶴羽樹。会ったのは鳥澤くんの事件の一度きり。所在は不明。鹿島くんとの繋がりも不明。ただ、御三家と同級生ではある。私のことも知っている。……なぜ?

 鶴羽樹のことがせめて少しでも分かればいいんだけど、一体何をどうすれば調べられるんだろう? 松隆くんは何かしてるみたいだけど、同じことが私にできるとは思えないし……。

 ふと、深古都さんが頭に浮かんだ。数年前まではとある一帯を仕切るガチガチのヤンキー、彼方曰く番長。未だにその異名が知られている深古都さんにお願いすれば、鶴羽樹の周辺なんて簡単に調べられるのかも……?

「桜坂、さん……」


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