第四幕、御三家の幕引
 そうしよう、ちょっとお願いしてみよう、そういえば連絡先も貰ったぞ、なんてことを考えていたとき、聞き慣れない声に名前を呼ばれて振り返った。

 いたのは、八橋さんだ。八橋さんなら、同じクラスといえど声を聞き慣れないのは仕方ない。話したことがないわけではないけど、多分片手で数えて足りるレベルだ。私が薄情なわけじゃない、うん。

 とはいえ、八橋さんが私に何の用……。修学旅行の初日を(かわ)して以来、八橋さんから話しかけられることがなくなったので、一体何だったんだと疑念は募るばかりで――。


「鹿島くんのこと、なんだけど」


 ヒッ、と心臓が縮み上がった。やっぱり鹿島くんのこと……! そうだよね、八橋さん、体育祭で鹿島くんを気になる異性に選ぶくらい鹿島くんのこと気になってるんだもんね! でもってお姉さんの元許嫁ってことは私には推し(はか)れないほどの複雑な感情があるよね! それが突然御三家と仲良しの私みたいな女子にとられたとなれば腹も立つよね!

 でも八橋さんは悪い人じゃないし(多分)、今ここで突然刺されることなんてないだろうから、土下座の準備だけはしておこう――と左足を一歩後ろに下げた。


「ずっと、言いたかったの。……ありがとうって」

「……はい?」


 が、予想の斜め一六一度あたりからの言葉に、間抜けな顔と声で固まってしまった。


「あ、ありがとう、って……?」

「……桜坂さん、鹿島くんと付き合ってるよね?」

「ま、まぁ……」

「……見てて、安心したから……」


 何をどう安心? 私はいつだって貞操の危機から御三家の危機まで心配が耐えなくて胃が痛くなりそうですけど。


「……鹿島くん、明るくなったし……」

「いや私と付き合う前から明るくていい生徒会長だったよね」


 伝聞だけど。ふーちゃんからの評価は高かったし、私だって初めて会ったときは明るくて無難な好青年って感じだなーって思ったくらいだ。今は黒いひとほど見た目は爽やかなんだなって思ってるけど。


「……でも、本当にね、桜坂さんと付き合うようになってから、鹿島くん、元気になったよ」

「そう……?」


 嫌がらせに精を出し過ぎて生き生きしてるんじゃないかな、それは。


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