第四幕、御三家の幕引
「鹿島くんね、ずっと……知ってると思うんだけど、家のことで、大変だったから。桜坂さんと付き合うようになって……やっぱり、その……明るくなったし……」


 明るくなった、元気になったを繰り返されてもさっぱり心当たりがないし、元々大変だったとかいう原因も不明だ。許嫁を亡くして傷心してたとかいうならそういえばいいのに――そう思って、そんな話を今の彼女にするのは宣戦布告もいいとこだから口にしないんだと気付いた。


「……もしかして、許嫁のこと?」

「……知ってるよね、そうだよね」


 私が八橋さんにそれを言うのも、亡くなったお姉さんのことだし、どうだかなぁ、って感じではあるのだけれど。気まずい顔をする私とは裏腹に、八橋さんはすんなり頷いた。


「鹿島くん、ずっと、落ち込んでたんだ。ずっと、ずっと。……鹿島くん、昔から、自分のこと後回しにしてばっかりで……姉のときも、そうだったの。だから、もうこのまま、お父様が決めた人と結婚して終わっちゃうのかな、って思ってたの。でも、それだったら、鹿島くんも変われないし、って」


 なんだ……? 私の見てきた鹿島くん像と随分違うぞ……? いや、鹿島くんは許嫁のことだけは本気で好きだったのか……? 性悪なのと人を好きになれるのとは別……?

「でも、桜坂さんと付き合うって決めたの聞いて……ほんとに、安心した。なんか、その、私がこんなこと言うのも変かもだけど、鹿島くん、お兄さんみたいなものだし、あの、鹿島くんのこと、よろしくお願いします……」


 お姉さんの許嫁だから兄みたいなもの、そういわれてみればそうか――なんて簡単に納得できるものではない。目を白黒させる私とは裏腹に、断固たる決意をもってその告白をしにきたかのように、八橋さんの目には強い意志が宿っていた。


「鹿島くんのこと、幸せにしてあげてください」


 深く頭を下げて、私が唖然としているうちに、八橋さんは廊下を去っていった。

 思わず、額を押さえた。別に、私と付き合って鹿島くんが変わったとは思わない。徹頭徹尾ただの嫌な人だ、あの人は。一般的な裏が表になっていて、その意味では裏がない。

 それが、八橋さんから見ていたら、理想的な兄――姉の彼氏だったというのだろうか。

 一体何がどういうことなんだ――……。ただでさえ頭を悩ませていた謎が増えて、眩暈(めまい)がする。

 松隆くんのお父さんとの食事が次の週に決まったのは、その日の夜。

 松隆くんが病院に運ばれたと聞いたのは、その二日後だった。


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