第四幕、御三家の幕引

(二)隘路の中に前途はない

「何かお聞きしたいことがあれば、いつでもご連絡ください」


 そう言って差し出された名刺には、素っ気ない名前の法律事務所と、名前と、電話とメールアドレスが書いてあった。「はあ……」なんて気の抜けた返事をした私に、二言三言、慰めの言葉をかけて、その弁護士先生は帰って行った。

 その数日後だったと思う。家に来る人なんていないのに、急に玄関のチャイムが鳴って、驚いた記憶がある。


「初めまして、桜坂です」


 全然知らない、自分と同い年くらいの男の子が、玄関前で紙袋を持って立っていた。


「花枝亜季さんですよね? 花枝万結さんの娘さんの」

「……そうですけど」

「僕、桜坂孝実といいます。父が、花枝万結さんの友人で……その、娘さん、えーっと、花枝さんが、僕と同い年だと知って……その、父も、気にしているみたいでして。……お悔やみ申し上げます」


 その人からすれば私も私のお母さんも“花枝”だから困ってしまったんだろう。たどたどしく紙袋を突き出されて、「はあ、どうも……」と私も気の利かない返事をした。

 暫く沈黙が落ちた。この後どうするのが礼儀正しいんだろう、とお互い悩んでいた。私は手持無沙汰に紙袋の中身を見て、それが和菓子だと気付いた。


「……お茶でも飲んでいきますか」

「……いえ、お忙しいでしょうから、これでお暇します」

「……いいですよ、礼儀とか、そういうの。私以外誰もいないですし、告げ口なんてしませんから。多分、私一人だと食べきれないと思うんで、一緒に食べてもらえると助かります」


 口から出まかせというほどではなかったけれど、気晴らしが欲しかったのも事実だった。礼儀なんてどうでもいいんだと伝われば、桜坂孝実と名乗ったその人も安心したみたいで、「すみません、お邪魔します」と部屋にあがった。
< 194 / 463 >

この作品をシェア

pagetop