第四幕、御三家の幕引
「余計に早すぎだろ。俺に気を遣って遅らせるとかしろよ」

「全く意味が分からんな。大体、修習自体は遅らせている」

「うぜーなおい」


 それから暫く近況報告みたいなことをした。数週間前に会ったから話すことがないなんてぼやくけれど、結局中身のあってないような他愛ない話をして、大学生とか高校生のときと変わらずに笑って。


「じゃ、俺行くから」


 一番最初に立ち上がったのは遼だった。脱いだジャケットを羽織りなおし、伝票に手を伸ばす。


「アイスティーいくら?」

「いいよ、出しとくから。代わりに京都の料亭でごちそうさま」

「代わり高ぇよ! さんきゅ」


 その手が引っ込んだ後、カバンの中からネクタイを取り出す。俺にスマホを持たせて結ぶときた。


「トイレ行きなよ」

「ちょっと面倒くさい」

「俺の手も面倒なんだけど」

「いいだろそのくらい」

「ていうかさ」

「んー?」

「毎年律儀に着るよね。喪服」


 遼がこの日に毎年着ているのは、大学入学式用のスーツと一緒に買ったという喪服。高校を卒業すれば身長が劇的に伸びることもなく、元々食事を自分で作っていたため一人暮らしをしても特別太ることも痩せることもなく、そうそう着る機会もないのでよれることもなく。コンスタントに喪に服すその姿は見慣れたものだ。

 黒いネクタイを結びながら、遼は苦笑した。


「まぁな」

「手間じゃない?」

「そりゃ手間だけど。季節も微妙だから一回着ただけでクリーニング出すはめになるし」

「年忌法要でもないし、別にどんな服装でもいいんじゃないの」


 そもそも葬儀でもなく墓参りなんだし。

 そう付け加えれば、「そうなんだけどさ」と惑うような小さな声が返ってくる。


「なんとなく、な……」


 きゅ、と結び目が第一ボタンを隠す。


「……そう」


 パタン、とスマホを机の上に置いた。遼はカバンを持って立ち上がる。


「予定が合えば、俺達も午後から行ったんだけどね」

「あぁ、悪いな。午前中はどうしても予定あって」

「いいよ別に。じゃあね」


 駿哉と一緒に軽く手を挙げれば、遼も手を挙げ、立ち去った。カランカラン、という鈴の音で、二人だけ取り残されたことが分かる。

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