第四幕、御三家の幕引
 いつでも第六西に帰ってきていいから、鍵を預けたままでいてくれる。

 誰かがそう意見を出したのか、はたまた三人それぞれ理由は違うのか分からないけれど、少なくとも桐椰くんがそう思ってくれていることは確かだった。


「……なんでって。もうお前に振り回されるのも慣れたし」


 観念したように苦笑いしたかと思うと──その手が、ぽんぽんと頭を撫でる。


「お前にならいくらでも振り回される覚悟はできてるから。いつ帰ってきてもいいし、また鹿島のとこにいってもいいけど、最後はちゃんと帰って来いよ」


 ──本当に、どうしてか、桐椰くんは、私が欲しい言葉ばかりくれる。

 だから、この人の傍を離れたくなくなるんだ。

 それから暫く、二人でジンベイザメの水槽を見ていた。ジンベイザメを見たところで、なんて気持ちになっていたはずなのに、なんとなくその場から動くのはもったいない気がした。特別な何かがあるわけじゃない。ただ、制服越しに肩が触れるか触れないかの距離のまま、会話もなく、ただじっと水槽を見ているだけだ。それなのに、そろそろ次に行こうか、なんて口にして、今のこの微妙な距離のバランスを崩すのがもったいない気がしてならなかった。

 近すぎるわけではない。でも決して遠くない。何にもなることのできない微妙な距離のままでずっと一緒にいることが、今叶う一番の幸せだと思った。


「……駿哉から連絡。四階まで来たからカフェ入ってるって」


 そんな幸せは長くは続かず、桐椰くんがスマホを見たせいで終わってしまった。落胆を顔に出さないようにして頷いたけれど、桐椰くんはすぐに向かおうとは言わなかった。単純に五階をまだ見ていなかったせいかもしれないけど、水槽を見ながらのんびりと足を進めてくれた。お陰で月影くんを恨まずに済んだ。

 月影くんがいるというカフェの前まで来れば、真ん中の大きなテーブルに月影くんとふーちゃんが向かい合って座っているのが見えた。窓の外に海が広がっていて、月影くんが海に背を向ける形で座っている。テーブルの上に乗っているのは飲み物のカップだけだったので、二人共お昼はまだ食べていないらしい。でももう一時前だ。朝が早かったせいもあって、正直お腹が空いた。カフェの外に置いてあるメニューを見ながら「何か食べる?」と聞けば、桐椰くんも隣に立つ。


「あぁ、お腹空いたな……」

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