第四幕、御三家の幕引
 でも、それだけだ。美味しいことを舌は理解しているのに、美味しいものを食べたときの幸福感のようなものはない。それはきっと、緊張感から解放されないせいだ。テーブルマナーがどうとか、見たことない盛り付けの食事の前だからとか、そんなもののせいではなくて、松隆くんのお父さんから、一体何を聞かされるんだと身構えているせい。

 そして、松隆くんのお父さんが、何かを切り出す気配はない。メインの前に松隆くんがトイレに立ったけど、松隆くんのお父さんは何も言わなかった。ただ、学校生活の話を続けただけだ。

 それが、答えのような気さえした。何も話すことなんてない。でも、何かを話して、時間を楽しみたい。──それは、ただの親子の食事だ。松隆くんのお父さんは、松隆くんと私という、息子と娘とただ食事をとりたかっただけなんじゃないか。


「食後のお飲み物はいかがいたしましょう」

「ホットコーヒーを」

「僕もコーヒーをお願いします」

「……私もお願いします」


 だって、もう、食事は終わってしまう。この後、デザートが運ばれてきたら終わりだ。


「……すみません、お手洗いに行ってきます」


 今の自分が酷い顔をしている気がして、別にトイレに行きたいわけでもないのに席を立った。椅子を引かれて立ち上がり、化粧室の鏡で見た自分の顔色は、特別良くも悪くもない。本当に、存外私は図太い。

 はは、と、乾いた笑いを零した後、口紅だけ直して席に戻った。ナプキンは椅子の上で畳み直してあった。


「ああ、丁度デザートがきたね」


 運ばれてきたデザートは、チョコレートケーキ、マカロン、パイ。一つ一つ売り物になりそうなくらい綺麗で、華やかな長方形のガラスのプレートに載っている。マカロンは正直あまり好きじゃないけど、ここのお店のものなら美味しい気がした。

 で、やっぱり、松隆くんのお父さんが何かを切り出す気配はない。松隆くんが時々遠まわしに聞いても、気付いていないふりをするように流すだけだった。

 ぎゅ、と拳を膝の上で握りしめる。そうだというのなら。


「あの、どうして、今日、私を呼んでくださったんですか」


 声は、ぎりぎり震えなかった。


「どうして、とは?」

「……父が、お世話になっていることは、お話を聞いていてわかりました。でも、それなら、私の父も同席してよかったんじゃないかと」
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