第四幕、御三家の幕引
「そんなことは言わないよ」


 迷いのない否定だったけど、気遣いにしか聞こえなかった。だって、生まれなければよかったと、お母さんは何度も言っていた。それが事実だ。


「当時、花枝は結婚していたから、調べるまで父親は分からない状態だった。だから、結果如何に関わらず夫の子供ということにしたいと相談を受けた」

「……そんなことするから、喧嘩になったのに」


 前の父親は、私が自分の子供じゃないことを知らなかった。それでも問題はなかった。本当は知らずに済んだはずだった。私の血液型が、うっかり判明しなければ。


「喧嘩になって──怒って、当たり前だと思うんですけどね。不倫して裏切って、子供できたらあなたとの子供ですよ、なんて(うそぶ)くわけじゃないですか。よくそんなことができましたよね」


 昔の父親が言っていたことを、いま自分の口で繰り返して、本当にその通りだと思う。盗人猛々しいというか、本当に、人を裏切っておきながらよくいけしゃあしゃあとそんなことができたな、と。


「誰の子か分からなかったんだ、最初は。花枝も下手に事を荒立てて離婚したくはなかったんだろう」

「すればよかったじゃないですか。結局しましたし……」

「母親一人で子供を育てるのは、大変なことなんだよ」

「それなら不倫しなきゃいいじゃないですか!」


 松隆くんのお父さんの口調は変わってないのに、私だけが声を荒げてしまった。それでも、しまった、なんて思えないくらいには、それがお母さんの身勝手な我儘で間違いないと思った。


「別に、父親は──お母さんが結婚した人は、悪いことなんて何もしてない。何もしてないのに、お母さんが勝手に裏切った。それなのに子供育てるのにお金がかかるから離婚しないとか、本当に、何を言ってるのか……全然、全然分かんないです」

「確かにね、花枝のしたことは倫理的に許されないことだよ。花枝自身、夫を裏切った自分をとても責めていた」

「知ってます……知ってますよ、だって……」


 だって、お母さんは、何度も、私に──……。


「私が生まれてこなければ……私さえいなかったら、上手くいってたのに、って……」


 何度も何度も、お母さんは繰り返した。


「……なんで、本当の子供は生まれなくて、私だけが生まれたんだって……」


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