第四幕、御三家の幕引
 私の弟として生まれるはずだった子。“匠”と名付けようと両親が決めていた子。私が両親の子じゃないと発覚し、喧嘩ばかりするようになって、流れてしまった子。

 その名前が、お母さんが譫言(うわごと)で呟いた今のお父さんの名前で、そうとは知らずに当時の父親が採用してしまったというのは、笑わずにはいられない、どうしようもないエピソードだ。


「……花枝は、精神を病んでしまってただろう」

「知らないです。私が原因で両親が喧嘩するようになって、私もあんまり気にしてませんでしたから」

「このアルバムはね、花枝が、自分がいつか渡せなくなってしまうかもしれないからと預けてくれたんだ」


 いつか渡せなくなるって、何で。お母さんは病気や事故で急死したわけじゃない、ただの自殺だった。


「花枝は、ある日突然君への態度を変えたわけじゃなかっただろう?」

「……覚えてません」

「きっと、理不尽に辛く当たって、すぐにそれを謝るような、そんな不安定な状態になってたんじゃないだろうか」

「……どうなんですかね」


 言われてみれば、うっすらと思い当たることはあった。いつも通りに学校の話をしただけでうるさいと怒鳴られて、驚いた私よりも驚いた顔をして、ごめんね、なんでもないの、なんて慌てて謝ることがあった。

 もう、ずっと前のことだ。言われても思い出せるか怪しいくらい、随分昔のこと。それどころか、私が望んだに過ぎないお母さんの姿を現実だと勘違いしてしまっているんじゃないかと思ってしまうくらい、朧気な記憶だ。


「花枝が私の家に来たときに、言っていた。自分はどうしようもない母親で、君に八つ当たりばかりしてしまう、と。思ってもないことを口にして詰ってしまう、どうかしている、もう限界かもしれない、自分に何かあったらいけないから、アルバムを預けておきたいと」

「……どういう意味ですか」

「母親も、一人の人間なんだよ」


 静かに諭すような口調に、ちょっと拗ねてしまった。……別に、そんなことは知ってる。でも、だからなんなんだ。その心の声を、口を尖らせて発したくなった。


「君にとっては母親だから、花枝は君を優しい家庭で迎え、君のために家で温かい食事を作り、何があっても君の母親としての責務を果たすべきだった。でも例えば、私にとっては大学の同期で、総二郎にとっての君と変わらない」
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