第四幕、御三家の幕引
 ずっと、お母さんもお父さんも、私が疎ましいんだと思っていた。私がいなければそれぞれの家庭で円満に暮らすことができたのに、とばかり思っているんだと思っていた。生まれたものは仕方ないけど、せいぜい隅っこで目立たず迷惑にならずやってくれたらいい程度にしか思っていないんだと思っていた。


「花枝が君に辛く当たっていたことは、君が花枝に無関心だったことを聞けば分かる。実際、その時の花枝は間違っていただろう。無関係な第三者が言うのも烏滸がましいし、冷たい言い方だが──病気だったから仕方がないなんて言葉では片付けられない。君はまだ小学生か中学生だったんだから」


 頭が、おかしくなりそうだ。

 何も考えられなくて、何かを口にすることもできなくて、間を持たせるためにコーヒーのカップに手を伸ばそうとして、片手で支えきれない重たいアルバムに気が付く。その背をテーブルに預けて、ゆっくりと表紙を撫でた。アルバムと書いてあるだけの素っ気ない表紙なのに、中に貼られた写真のせいで重厚感が増している。

 その本を、震える指先で開いた。紙の厚さとは無関係にページが重たい。ペリ、とアルバム用の紙独特の音を立てながら頁を捲っていく。たくさん貼られた写真に映る時間は少しずつ過ぎて──二歳まで来た。そこで手を止める。

 ……もう、忘れていた。お母さんの顔は段々と朧気になってきていたし、記憶の中のお母さんの表情はいつも決まって泣いているか怒っているかだった。

 だから、お母さんの笑った顔なんて、頭の中のアルバムにはなかった。その隣に私がいることだって、記憶にないどころか想像すらできなかった。自分なのかどうかも分からないほど幼い私が、その両肩にお母さんの手を添えられて笑ってる──そんな光景が、自分のものだったなんて思ってもみなかった。


「君は、愛されていたよ」


 その写真をじっと見ているのが辛かった。目を背けたかった。その過去を直視すると、どうしようもなく(つか)えた胸の奥が締め付けられて、堪えきれない嗚咽(おえつ)が込みあがってきそうだった。


「君が母親に無関心でいることは仕方ない。でも、母親が君に無関心だったんだと思い込んだままいてほしくはなかった。こんな場所で話すことになってしまったけれど──もっと早く話そうと思っていたのだけれど、遅くなって、すまなかった」


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