第四幕、御三家の幕引
 松隆くんは少し困った顔をするけれど、私の感情は困惑からは少し離れたところにあった。

 松隆くんに敢えて黙っていることは、もう、幕張匠と私が同一人物だということだけ。お母さんが亡くなったことも、私が養子だということも、桜坂家ではそう上手くいってないんだろうということも、全部黙ってる必要がなくなった。どれもこれも、隠しているというほどではなかったけど、知らせなかったことではあるから、全部知られているというのは気が楽だった。

 それに──自分って単純だなと思うけど──あのアルバムがあるだけで、今までの私の生活の意味は百八十度変わる。


「ごめんね、松隆くん、気まずかったよね、あんな話聞かされて」

「……寧ろ聞いちゃって悪かったなって思ってたけど。俺が聞いてよかったの?」

「うん。……月影くんも、桐椰くんも、私が養子ってことは知っちゃってたし。……私が不倫してできた子なんだってことは、もう桐椰くんには話しちゃった。なんだか、イライラしてて、つい」


 本当は、そんなことが理由じゃない。私は桐椰くんを試したかっただけだ。どうせ桐椰くんも、私の本当を知ったら好きじゃなくなるんじゃないの、なんてことを思っていただけだ。その目論見は、綺麗に外れたけれど。


「……そう」

「でも、私が思ってたのと違うお母さんがいたんだなって分かったから、桐椰くんに話したことはちょっと変わっちゃうかも。勢いに任せてまくしたてた、って感じだったから、何話したかあんまり覚えてないんだけどね」


 因みに、松隆くんのお父さんは、私のお母さんに手ひどくフラれたらしい。食事の後に聞いた話によれば、お父さんを出し抜いて告白するも、「松隆くんのことはいい友達だから」とバッサリ切られたんだと。どこかで聞いたような話だ。続く「こう見えて昔はモテてたんだけど」なんて枕詞に「いや、いま見てもそれは分かります、今でも女性から人気なんじゃないでしょうか」と返せば「それがね、恥ずかしい話だけど、好きになった女性には決まって好かれなかったんだよ。実った恋愛といえば家内くらいかなぁ」なんてとんでもない地雷を差し出された。どう反応すべきか必死に頭を回す私の隣で、松隆くんが冷ややかに「お前の遺伝子のせいか」といわんばかりの視線を送っていた。


< 239 / 463 >

この作品をシェア

pagetop