第四幕、御三家の幕引
「悲しみのあまり腰が抜けるんだよ。わかってるくせにボケないでよ」


 二杯目のコーヒーを飲みながら苦々しく顔をしかめてみせた。「苦いなら飲むのをやめたらどうだ?」なんて白々しいボケにツッコミを入れる気にはならなかった。

 そうやってコーヒーを飲みながら、視界に入るがままに鹿島くんの姿を見ていた。私に興味を失ったように、黙々と机に向かう。脇には参考書も積まれているので、勉強をしているのか生徒会の仕事をしているのか区別はつかなかった。


「……明貴人くんは、普通の恋愛ってしないの?」


 思わずそんなことを口にしてしまったのは、今日がバレンタインで、告白紛いの現場をたくさん見せられたからだろう。鹿島くんが魅力的な人だとは微塵も思わないけれど、鹿島くんにチョコレートを渡した女子の中には少なからず本気で鹿島くんを好きな人がいるはずだ。

 鹿島くんはペンを止めた。コン、と音を立ててペンを置き、体ごと視線を向ける。


「普通の、って?」

「……普通のって言ったら普通のだよ。普通に誰かを好きになって普通に付き合うみたいな」

「急にどうした。自分と付き合って高校生活を無駄にしてる俺が急に不思議になったのか?」

「……まあそんな感じ」

「じゃ、君はどうして好きな桐椰と付き合わない?」


 容易に予測できた質問なのに答えられなかったせいで、自分が何も考えていなかったことを思い知らされる。なぜ、って。


「……今、桐椰くんとは付き合えないでしょ。明貴人くんと付き合ってるんだから」

「でも俺と別れても付き合う気はないんだろ? つい二、三日前に桐椰と付き合いたいとは思わないって言ったじゃないか」

「……ま、それはね、そうなんですけどね……」


 だって、私にとって桐椰くんは最高の相手だけど、逆はそうじゃない。桐椰くんはいくらでも可愛い女の子と付き合える。よりによって私に捕まる必要はない。


「……なんか、付き合うって、難しいじゃん」

「どういうふうに?」

「……相手を幸せにしなきゃいけないっていうか」


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