第四幕、御三家の幕引
 お父さんはお母さんを好きだった。お母さんもお父さんを好きだった。でもその結末が今の私だ。現状の私がどうこうなんて話はさておき、お父さんはお母さんを幸せにしなかったし、お母さんもお父さんを幸せにしなかった。そんな“好き”にどれだけの価値があるのか、分からない。


「好きだから、なんて理由だけで安易に付き合うのは、どーかと思うんだよね」

「その選択が桐椰を傷つけても?」

「それは……分からないけど」

「たった数日で何度も言わせるな、それはただの君のエゴだよ」


 そうだとしても、私に、桐椰くんと付き合う選択はない。


「ま、私の話はいーんですよ、今は明貴人くんの話をしてるわけですからね」

「何も話すことなんてないけどな」

「明貴人くんって他人のこと好きになったことあるの?」

「あるとも、普通に」


 それは八橋さんのお姉さんのことですか、と聞きたいのをぐっと堪えた。


「君が盗み見た生徒手帳の写真の相手とかね」

「え、あ、えぇ?」


 ──はずなのに、さらりとその心中を開示されて、危うくコーヒーを零すところだった。鹿島くんの中で秘密とそうじゃないことの区別が分からない。

 鹿島くんは腕を組んで悠然と座っている。知られて困っていることなどないように。


「別に、わざわざ大事に持ってる写真の人を好きじゃないなんて強がるつもりはない」

「……そうだとして、わざわざ言う必要なくないですか?」

「誤魔化す必要がないから答えただけだよ」

「……じゃ、その人以来、明貴人くんは他人を好きになってないとかいうことですか」


 引き摺ってるの? なんて直球質問は憚られた。そこに“死”が介在するだけで、そこは不可侵領域だ。


「そこで君のことが好きだとかは思わないわけか?」

「…………」

「青ざめるなよ、冗談だ」

「明貴人くんの悪いところ、冗談が笑えないところ」

「ま、彼女がいるというステータスには興味がないんでね。興味のないものにわざわざ労力を割こうと思わないだけだよ」

「蝶乃さんって時間もお金もかかる彼女だと思わなかった?」

「彼女は自分の見た目に気を遣う女だからね、君と違って」

「すいませんねぇ、これでもお化粧するようになったんですけどねぇ!」

「放課後になって化粧直しもしないで偉そうにするな」


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