第四幕、御三家の幕引
 何もおかしくない。噂をすれば影、というか、今日帰って来る手筈になっているあの人が、年末年始徹底的に私に避けられたあの人が、家に帰るとまたろくに話もできなくなると判断して待ち構えていたってなにもおかしくない。でも、私は、そういう風に会って話をしたくなかったから、徹底的に避けてたんだ。


「ああ、あれか」

「なにその呑気な回答! いいから裏門行くよ!」

「君も思ったよりテンションが高いんだな」

「最早ただの自棄だよ!」


 それは本当だ。現に緊張と焦燥で声が震えて、呂律が回らなくなりそうだった。なんなら額から首筋までぶわっと冷や汗みたいなものが噴き出た。誰に会うよりも恐ろしい。恐怖ではなく、(おそ)れに近いものがあった。

 だから必死に月影くんの腕を引っ張るのに、月影くんはやはり迷惑そうな顔だ。


「裏門から帰りたいのは君の事情だろう。君と一緒に帰るわけでも、ましてや夕飯を共にするわけでもない俺が裏門から帰る理由はない」

「今この状況でもまだそんなこと言う!? あ、なんか怪しまれてる! ほらツッキー、早く!」


 ぐいぐいと引っ張るのに、まるで散歩を嫌がる犬のごとく、いやそれよりも頑固に月影くんは動こうとしない。迷惑そうな顔で「なぜ俺を巻き込むんだ。君の兄にあらぬ誤解をされたくない」なんて首を横に振る。


「ツッキー! お願い、一生のお願い!」

「君の一生が複数回あるとは初耳だな」

「そんなにお願いしたっけ? いいからツッキー、早く──」


 が、もう遅い。ちらちらと校門の柱の影からこちらを伺っていた人影が、私が私だと分かったらしく、校内の様子を伺うようにあたりを見回して、校内に踏み込んできた。私はぶんぶん首を横に振るけど、あの人はお構いなし。月影くんもお構いなし。


「亜季──」

「来ないで!」


 悲鳴のように叫べば、その人は立ち止まってくれた。私は慌てて月影くんの背後に隠れるけど──月影くんは素早く私とは反対方向に動いて逃げた。


「ちょっとツッキー! そんなところで無駄に反射神経発揮しないでよ!」

「ただの予測に基づく動きだが」

「その速さが反射神経って言うんじゃないの!? いいから、ちょ、動かないでよ!」


< 254 / 463 >

この作品をシェア

pagetop