第四幕、御三家の幕引
 ああ、もう、私はどうかしている。あの人の前でこんな風に馬鹿みたいに叫んだことなんてなかったのに。こんな馬鹿みたいな動きしたことなんてなかったのに。誰かに必死で縋りついたことなんてなかったのに。


「……あの」

「ツッキー」

「……帰らせろ」


 三人いるのに全く会話のキャッチボールが行われない。遂に月影くんの背中という壁を手に入れた私は、成長期を迎えた月影くんの背後にぴたりと隠れていた。月影くんが間にいると、あの人の顔は見えなかった。月影くんが迷惑そうに背後の私を見ているのしか見えなかった。


「……亜季、迎えに来たんだけど」

「やだ」

「……あの、すいません、亜季の兄なんですが……」


 ああ、ほら、まただ。この人はまた、そうやって平然と、兄だと名乗ることができる。私はまだ、そう呼ぼうとすると喉が(つか)えてしまうのに。


「彼女の友人です。どうぞ、引き取っていただいて結構です」

「なんでよ! 嫌だって私は言ってるのに!」

「俺は保護者じゃないんでな」

「でも今日桐椰くん生徒会の会議中なんだもん! 保護者してくれないんだもん!」


 保護者といわれるとつい反射的に浮かんでしまう名前を叫んだとき──ぐいっと、急にマフラーを背後から引っ張られた。


「えっ」

「だったら、彼氏でも呼んだらどうだ」


 は……!? 想像だにしない人物の登場に、開いた口が塞がらなくなった。なぜ、いま、ヒーロー登場みたいなタイミングで、鹿島くんが出てくるんだ。


「え、ちょ、明貴人くん……えっ、ほら、会議は?」

「終わった。で、なんだこれは」


 よっこいしょ、とでも言いそうな声音で鹿島くんは私のマフラーをそのまま引っ張り、私を月影くんの背中から引っぺがした。月影くんも思わぬ人物の登場に、珍しく目を見開いている。


「……えっと」

「……すいません、亜季の兄です」

「あぁ、お兄さんでしたか。失礼しました」


 うわ、鹿島くんの顔と声が変わった。げ、とでも言いたくなるのを堪えた。


「鹿島明貴人といいます。亜季さんとお付き合いさせていただいてます」


< 255 / 463 >

この作品をシェア

pagetop