第四幕、御三家の幕引
 浮気しちゃだめだよ──修学旅行前も同じことを言われたんだけど。なんだか、なんか……。


「分かったら、ほら。すいません、お騒がせしました」

「え、え……」

「では俺はこれで」

「待ってよツッキー!」

「じゃあまた月曜日に」

「ちょっ……えっ……!」


 本当に、まるで彼氏だと挨拶するためだけに来たみたいに、鹿島くんは笑顔で手を振って(きびす)を返した。困惑した私は呆然とその背中を見つめるばかりで、もう月影くんを追いかけることすらできない。


「え……一体何……」

「……亜季」


 それでもって、現実から逃れることができない。


「……母さんには、夕食は外で食べるって言ってある。……少し、話さないか」


 私は、なによりも、その現実から逃げたかったのに。





 一緒に入ったのは、学校から家とは逆方向にあるファミレスだ。多分、優実にでも見つかると面倒くさいと思ったんだろう。

 私達は無言だった。それもそうだ、二人きりでなんて、もう長い間話していない。話すこともないせいで何を話せばいいのかも分からない。しいて一つ挙げることのできる共通の話題は家族のことで、それは同時にお互いのタブーみたいなものだった。

 まるでお通夜みたいに重たい空気が漂う中、二人してそれぞれメニューを捲る。金曜日のファミレスは混んでいて、家族連れとか友達同士の話し声と扉の開いたことを示す鈴の音と注文の音と──いろんな音が雑多に混ざっていて騒がしい。お陰で、私達がひたすらに無言なのはあまり目立たなかった。


「……決まった?」

「決まった」


 オウム返しのたった一言。ピンポーン、と呼び鈴の音がして、店員さんが「ご注文、お伺いします」とマニュアル通りに喋るのを聞いて、私が「きのこ雑炊」と一言、彼が「ナポリタン」と一言。「きのこ雑炊とナポリタン、以上でよろしいですか」と繰り返した店員さんには彼が頷くだけ。さすがに私達の異常さに気づいたのか、店員さんはそさくさといなくなった。


「……ドリンクバーとか」


 絞り出すような声と、わざとらしく動く視線。


「頼めばよかったかな」

「長居しないからもととれないでしょ」


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