第四幕、御三家の幕引
 食事くらい楽しく食べたいから鹿島くんとは嫌だ、なんて思っていた自分を嗤いたくなった。いま目の前にいる人と一緒に食べる食事が何よりも美味しくない。美味しくないというか、味がしない。それが俗にいう美味しくないってやつなのかな。


「亜季」


 このままでは私に逃げられるとでも思ったのだろうか。カチャン、と彼はフォークを置いた。ていうか、高校二年生ってもっと食べ盛りじゃないのかな。桐椰くんだったら絶対ハンバーグセットとか食べちゃうよ。月影くんは和食系の定食だろうな。松隆くんってファミレスに来るのかな。


「俺は、ちゃんと、亜季の兄をできてる?」


 そんな現実逃避は、理性的で残酷な言葉に阻まれた。思わず手を止めて彼を見返したし、次の瞬間には「は?」なんて短い文句が口から出ていた。


「……なにそれ」

「……そのままの意味だって。俺は──」

「そんなこと誰も頼んでない」

『君の兄は、君のことが大事だから君に気付いたし、君に声をかけて、兄としての挨拶までしたんだろ』

 うるさいうるさい──。頭の中の鹿島くんの声を一生懸命振り払った。分かってるんだ、それが正しいんだってことくらい。鹿島くんの言ったことも、孝実がしたことも、何も間違っていない。

 それでも、私があの時してほしかったことは、そんなことじゃない。


「お兄さんになってほしいなんて、誰も頼んでない」

「……でも亜季、そうしないと──」

「大体、迎えになんて来てくれなくてよかった」


 その“迎え”がいつのことを意味してるのか、きっと孝実は分かったはずだ。真正面から見つめ返す今、その手が震えるように動いたのを見逃すはずがなかった。

 こう、やって、正面から向き合うと、あの日のことを思い出す。あの日も、ダイニングテーブルについた私達は、このくらいの距離で向き合っていた。あの日に始まって、それから何度も。お父さんのお使いなんて理由がなくなった後も、ほとんど毎日のように。

 ……なぜ、あの時、気付かなかったのだろう。こんなにずっと向き合えば、その姿を脳裏に焼き付けることなんていくらでもできたのに。眉も、目も、鼻も、口も、顔の輪郭も、髪の様子も、何もかもよく見えるのに。

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