第四幕、御三家の幕引
「俺は、別れるときに、亜季に酷いことをしたから」

『ごめん、亜季。別れよう』

 ほんの、一日。たった一日だった。孝実が結論を出すまで。


「……亜季は、分かった、って、それしか言わなかった。どうでもよさそうな顔してた。……どうでもよさそうっていうか、仕方なさそうっていうか……違う、そうじゃない、俺がそういう結論を出すのは……俺は、所詮そういう結論を出すんだろうな、って、諦めた顔してた」


 でも、今、孝実が言葉を何度も選ぶように、何度も考えてくれたことくらい、どこかで分かってた。

 でも私は、たった一日で答えを出せるんだ、程度にしか思わなかった。所詮私ってその程度なんだな、と。


「……俺は、その程度の人間なんだな、って思ってるんだっていうのが、伝わってきた。……実際、俺はその程度だ」


 そうじゃない、そんな風に思ってない。私が“その程度”と思ったのは、私だ。


「……酷いことをしたんだって思った。亜季は、あの時……誰も頼る人がいなくて。俺しか味方はいなかったのに、俺が……俺だけが、味方でいれたのに、それでも俺は、亜季と別れることを選んだ。……もし、亜季と付き合ってるって母さんにバレたら、そんなことしか思えなかった」


 そんなこと。そんなことだ、そんなの。ただの世間体だ。いや、世間体よりもっと狭い。ただ、母親のご機嫌をこれ以上斜めにしないための、火に油を注がずにいるだけのもの。

 でも、それは仕方のないことだ。だって、それが現実なんだから。


「……半分血が繋がってるのに付き合うとか、そういう、倫理的なことを、後付けで言い訳した。自分にそうやって言い聞かせた。……そうやって、ごめん、亜季から、ずっと逃げようとしてた。寮にも入って、亜季をあの家に置き去りにして、俺はとっとと、自分だけ逃げた」


 ……別に、そんなこと、私は気にしていなかった。孝実があの家から逃げ出すのは仕方ないと思ってた。だって、半分血の繋がった元カノが自分の家族と一緒に、一触即発どころか常時爆発状態で居座ってるなんて、いくら積まれたってそんな生活したくない。


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