第四幕、御三家の幕引
「……だから、それを、ずっと謝りたかった。この間から家に帰って、亜季は俺と会おうともしないで……責められてる気がしてたし、責められて仕方ないと思ってた。……ごめん、何が言いたいのか分からなくなってきた……けど……」


 嗚咽を堪えるような喋り方に、ぐっと拳を握りしめた。私のほうが泣いてしまいそうだったから。

 そんな風に謝られたって、だって、私に、どうしろと? 許せって言いたいの? でも許してないことなんてない。何を許せばいいの?

 私は、何も責めてなんかないのに。

 有体にいえば、私達が会話しなくなったのは、ただの擦れ違いのような気がした。孝実は私に責められていると思っていた。私は、私が孝実にとって迷惑な存在なんだと思っていた。でも、今、お互いの言葉を素直に聞けば、そうじゃない。

 ただ、あの時も、擦れ違いを生まずにいることはいくらでもできた。月並みに言えば、お互いを信じていれば、そんなの容易なことだった。孝実が私を疎ましく思うはずがないと信じることができていれば、私が孝実を信頼しなくなるはずがない、なんて青臭ささえ覚えるような素直な感情を、あの時に抱くことができていれば、こんなことにはならなかった。

 別れるという結末は同じでも、こんな風に傷つくことはなかった。


「……別に、いいよ、そんなの」


 もう、何を話せばいいのか分からなかった。ただ、孝実が、私をあの家に一人で置き去りにしたと思ってて、それを謝りたいんだということだけを知った。それを言い訳と受け取ることはなく、そうだったのか、と思うことができるということだけが、今孝実に会うことの意味。

 そして──その孝実の答えに、満足を得ることも不満を抱くこともしない私は、孝実に、 一体何を求めているというのだろう。

 自分でも呆然としてしまうくらい、孝実に抱いている感情の正体が分からなくて、余計に言葉が見つからなくなった。

 すべきだと分かっているのは、ついさっきの、八つ当たりみたいな最低な嘘を、謝ることだけだ。


「……ごめん、孝実。……さっきのは、違った」


 こういうところかもしれない。感情に任せて、見栄を張るように、他人を傷つけるところ。こういうところが、私達の関係を壊したのかもしれない。

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