第四幕、御三家の幕引
「……孝実と付き合ったこと、後悔してない。……好きだったから。幸せだったから。短い時間だっただけど」


 私にできることは、今この場で私がしたことに対する懺悔(ざんげ)だけだった。その言葉が今の孝実を傷つけたことだけは分かったから。……逆に、それしか分からなかったから。

 孝実は何も言わない。私は視線を落とす。熱くて食べられなかった雑炊は、冷えて固まり始めていた。なけなしの食欲も、もうなくなった。

 仕方なく、財布を取り出して、千円札を一枚置いた。驚いた顔をする孝実の前で、コートを着る。


「……私、寄り道して帰るから。先に帰ってて。一緒に帰りたくないでしょ」

「待って、亜季、話はまだ──」

「……私は、孝実のこと何も責めてないよ」


 もし、孝実が私に許されたがってるなら、それは見当違いだ。私は孝実を責めてなんかないんだから。

 それを言えないほど、私は子供じゃない。


「……ただ、どういう顔して会えばいいのか、分からなかっただけだよ。だって、私は、孝実の家族をめちゃくちゃにしたんだから」


 顔を隠すように、鼻から首までマフラーを巻いた。逃げるように立ち去ろうとしたけれど、腕を掴まれて立ち止まるのは、きっと私が、孝実に何かを言ってほしいからだ。


「俺だって、亜季のこと責めてなんかない」


 そうじゃない。そんなの、責めていいんだから、責めればいい。


「だから、俺に会いたくない理由がそれなら……その、俺が亜季を責めてるって思ってるから避けるんなら、それは、しないでほしい」


 ……それでも、ない。なぜだろう。孝実に疎まれていないと何度も聞かされて、なぜ、私は何も変わらないのだろう。


「……あのね、亜季」


 手を軽く引っ張ると、少しだけその手から抜けそうになった。そのせいで、続きを聞くためには、手を引っ張ることができなかった。


「俺も、亜季と付き合ったこと、後悔だけはしてないから。……亜季の味方をしなかったこと、自分のことしか考えられなかったことを、後悔してる。……だから、罪滅ぼしなんて言われてもいいから、エゴなのかもしれないけど、俺はまた間違ってるのかもしれないけど……」


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