第四幕、御三家の幕引
 ……思わず、俯いてしまった。私は、この人に、何を言わせたいというのだろう。こんなに言葉を尽くしてくれるこの人に、これ以上、何を欲してしまうのだろう。


「……ごめん。兄を演じることが、亜季にとって、一番いいんだと、今は思ってる。……間違ってたら、ごめん」


 ああ、もう──。また鹿島くんの言葉が蘇る。

『君の兄は、君のことが大事だから──』

 言葉の余韻が消えるまえに、手を引いた。するりと簡単に抜けてしまった自分の手に、まただ、なんて、欲を出す。

 大事に思うなら、手を離さないでよ。

 一人静かに泣いていた孝実を置き去りに、ファミレスを出た。

 時間をずらして帰るために、どこでもいいから静かなところに行きたくて、マップを開きながら知らない道を歩いた。こんな冬の夜に、我ながら馬鹿げてる。現金があればホテルでもどこでも行ったのに。

 せめて深夜まで空いてるカフェでも──そう思っていたとき、強制的に画面が切り替わった。電話だからだ。思わず顔を歪ませてしまう。

 普段なら出ないけど、今は時間潰しが必要だ。受話器のマークをスライドする。


「……もしもし」

「もしかして傷心中かな?」


 なぜ、こういう時に電話をくれるのが、桐椰くんじゃないんだろう。鹿島くんの声を聞いてそう思った。でも、孝実と話しながら「いま好きなのは桐椰くんだし、孝実に何言われても何も響かないなー」なんて感情を抱かなかった自分の感情の有様は、やっぱりよく分からなかった。


「……傷心中。いいよね、明貴人くんは。蝶乃さんと別れたってこんな風にならないんでしょ」

「そうだな、お互い本気の間柄じゃなかったから。で、君は今どこに?」

「相変わらずだなー、その悪態。仮にも元カノ相手に」

「で、どこだ」

「……何それ、ホテル代でも貸してくれるの?」

「ああ、借金は五万円になるね」

「……いいよ、この際一万円の上乗せくらい痛くない」


 自棄くそになって場所を伝えると、ほんの五分も経たないうちに鹿島くんはやってきた。もしかしたら学校にいたのかもしれない、それならタクシーで来ればそのくらいだ。だからといってタクシーを待機させているのも変といえば変だ。そんなことに思い至って、私の中で鹿島くんストーカー説が最早確定的になっていく。


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