第四幕、御三家の幕引
「本当に少しなんですけど」

「ところで桜坂様、話は変わりますが、本日はお顔色が優れませんね。どうかいたしましたか」

「それ最初に言ってくれるべきですよね? ……ちなみに、どうもしないです」


 どうかしているとしたら、きっと、昨日まで家の中に孝実がいたせいだとは思う。でも深古都さんにその話をすると──話をすること自体は、なんだかもう構わないのだけれど──長くなるので、したくなかった。


「そうですか。私も鬼ではありませんので、体調に問題があるのであれば遠慮なくおっしゃってください」

「体調以外に異議を認めないの、十分鬼ではないですか?」

「あなたが欲しがった情報の対価ですよ」


 にっこりと、深古都さんは笑ってみせる。くっ……美形の笑顔ってめちゃくちゃ綺麗だな……! 松隆くんとはまた違うタイプの美形で、私の好みはどちらかというと松隆くんの系統だからまだいいものの、この笑顔を向けられると、脅迫だと分かっていてもときめきそうになる。ふーちゃん、よくこんな執事の隣で生きてるな。……そういえば初恋は深古都さんだって言ってたっけ。納得だ。


「きっと、桜坂様の欲しい情報だと思いますよ。ご期待に沿えるかと」

「くっ……くう……!」


 真剣な話なので呻いている場合ではない。そんなことは分かっている。


「……頑張って……考えてきます……」

「えぇ、どうぞよろしくお願いします」


 あの腹黒王子様を誑かしてお見合いを破談に持ち込む──人生最大の難関だろう。嫌味なくらいにこやかな深古都さんの前で、深い溜息を吐いた。





 そんな交渉 (というべきだろうか)から数日後、昼休み、運が良いのか悪いのか、廊下でばったり松隆くんに出会ってしまった。松隆くん、七組だから普段は全然このあたりにいないのに、なぜ今日に限ってこんなところに……!

「あ、お、おつかれさまー、松隆くん」

「うん。どうしたの、そんなどもって」

「珍しいなって! こんなとこにいるの!」

「あぁ、遼に辞書借りて。りょー、辞書、ありがと」


 廊下から教室の中に向かって呼びながら、松隆くんは窓枠に手をかける。教室の中からは「おー」なんて桐椰くんの返事が聞こえる。ふーん、そっか、辞書か。その手にある電子辞書と、窓枠にかけている手とを見ていて、ふと、綺麗だなぁ、と見つめる。

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