第四幕、御三家の幕引
 背中からでも、鳥澤くんが緊張しているのはよくわかった。月影くんも体を半分後ろに向けている。主役の仕掛け人は鳥澤くんで私達は共犯者に過ぎないとしても緊張してきた。握りしめた拳の中でじんわりと汗が滲む。

 そのとき、ふーちゃんがふと私達のほうを見た。ついでに、ぱちぱちっと、との大きな目を瞬かせた。気づかれた──ドッと、心臓が跳ねる。頼むから、ふーちゃんが何もしませんように。鳥澤くんの演技の意図に気付いてくれますように。

 そう、固唾(かたず)をのんで見守っていると、鳥澤くんと反対側からウエイトレスがやって来る。お陰で鳥澤くんがちょっと立ち止まった。この距離だと、松隆くん達のテーブルの隣でかち合ってしまうと分かったからに違いない。そうなるとポジションを確保しにくくなってしまう。

 どうする──鳥澤くんが戸惑ったのが分かったし、私達も何か助け船を出すべきではないかと顔を見合わせた。

 が、次の瞬間。

 バシャッ──と、謎の、弾けるような水音が聞こえた。

 ん? 私達は再び揃って松隆くん達のテーブルへ顔を向ける。鳥澤くんは何もしていなかった。何もしていないどころか、松隆くん達のテーブルへあと一歩のところで立ち尽くしていた。

 一体何事だ。近くに座っていた人達が異変に気付き、そこから徐々に沈黙の輪が広がっていく。お陰で、ピチャン、ピチャン、と水滴の滴る音がした。私と桐椰くんだって、思わず身を乗り出した。

 そして見えたのは──鳥澤くんとすれ違おうとしていたウエイトレス。その手には逆さまのグラスがある。……そして、そのグラスの下には、松隆くんの頭がある。

 まさか……。まさか、深古都さんの言ってたことが……。


「……最低」


 レストランの外の僅かな喧噪のお陰で、静まり返っているとまではいえない──それでも十分に静かすぎるレストラン内で、その女の人の声が響いた。


「まさかとは思ったけど……本当に……本当に、トウジだなんて!」


 トウジ? トウジというと透冶くんのことだろうけど、なぜ松隆くんを見てその名前を? 私は首を傾げたけれど、桐椰くんと月影くんはなんのことかすぐにピンときたようだ。一瞬で二人の表情が変わる。


「お客様!」


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