第四幕、御三家の幕引
 松隆くんに視線を戻すと、ちょっとだけばつが悪そうにふーちゃんに顔を向けた。次いで口を開きかけたのだろうけれど、突如、素早くそして滑らかに「失礼します。当ホテルの支配人でございます──」と別の人が飛び込んできた。とんでもない修羅場に収拾(しゅうしゅう)をつけるべく呼ばれたんだろう。「この度は大変失礼いたしました」とまた深々と頭を下げている。そのまま何やら松隆くんと話し、松隆くんが首を横に振り、松隆くんのお父さんも首を横に振り、でも支配人が食い下がり──みたいなやり取りがあった後、松隆くんと松隆くんのお父さんが顔を見合わせて、立ち上がった。ふーちゃんとふーちゃんのお父さんも立ち上がった。多分、松隆くんは宿泊室で着替えるなりなんなりして、その間三人は別室で待つなりするのだろう。


「……思いがけず中止になったな、お見合い」


 桐椰くんがぼそりと呟いた。うむ、と月影くんも頷く。


「まさか桜坂を使わずとも、総が昔撒いた種が勝手にやってくれるとはな」

「マジでまさかだろ。こんないいホテルで働いてるヤツがそんなことするとは思わねぇし」

「まあ、昼だしな。そのくらい、総に未練があったのかもしれん」

「でもどうせ一回ヤ──……一回会っただけだろ? それで未練がどうとかなるか?」

「ほう、一回見かけただけの初恋の相手を探し回っていたヤツが何を言う」

「うるっせぇな! それは今関係な──」


 段々と会話を取り戻し始めたレストラン内で、動揺した桐椰くんが声を少し荒げてしまいそうになったとき、「申し訳ないですね、勝手を言って」と松隆くんの声が聞こえた。妙に近くでだ。ん? と私達は揃って顔を上げる。

 そして──多分、私だけが、げっと顔をひきつらせた。私達のテーブルの脇には、コート片手の松隆くんが立っていた。その後ろには、申し訳なさそうに項垂れる鳥澤くんがいる。

 松隆くんは、にっこりと笑って、支配人のほうを向いた。


「友人も来ておりますので、応接室で一緒に待たせていただいてもよろしいでしょうか」


 お前ら、面白がって見物に来てたのバレバレだったんだよね──笑顔にはそう書かれていた気がした。私と鳥澤くんの寿命は、多分五年くらい縮んだ。
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