第四幕、御三家の幕引
 なんてことを思っていたけれど、もしかしたら鳥澤くんは、私と同じくもう二度と来ることのなさそうな高級ホテル内を見たかったのかもしれない。客室フロアに降りたときに、勝手にそう納得してしまった。いかんせん、廊下から既にみたことのない世界。レッドカーペットだ、なんてはしゃぎたくなってしまう一方で、静かに廊下を歩く宿泊客の品に畏まってしまう。ホテルに最初に入ったときは月影くんの陰に隠れてびくついたけど、松隆くんが頭から水をかけられてくれたお陰であんまり緊張しなくなった。ありがとう松隆くん。


「ね、ね、鳥澤くん、すごいね! こんな高級ホテルの部屋の中はどんなんなんだろうね!」

「あ、言われてみれば確かに……」

「部屋見たかったんじゃないの?」

「いや、そういうわけじゃなかったんだけど……」


 松隆くんの借りている部屋に向かいながら、鳥澤くんは少し口籠(くちごも)った。


「ほら……桐椰が心配そうな顔してたから」

「……桐椰くんが?」


 はて、と首を傾げる。確かに、桐椰くんは何か言いたげな顔はしていた。でもあれが心配だったのかと言われると少し違う気が……。


「んー、まあ、桐椰くんはああ見えて保護者体質だから。私がホテルの中で迷子にならないのか心配だったのかもね」

「確かに、桐椰は意外と面倒見がいいって話は最近よく聞くなあ。……でもそうじゃなくてさ」


 鳥澤くんはやはり口籠った。きょろきょろと当たりを見回し「一号室はまだ先だよな……」なんて呟く。松隆くんの耳を気にするとは、やはり松隆くんが怖いのか。


「……桜坂さんと桐椰って仲良いよね?」

「そうだねぇ……御三家の仲良しは異常だけど、その次に仲良いかも。桐椰くん、面倒見たがりだし」


 それをなぜ今、鳥澤くんが? そんなにも桐椰くんの保護者体質が意外だったのだろうか。松隆くんの借りている部屋の前まで来てしまって立ち止まると、鳥澤くんは一層言いにくそうに視線を泳がせた。


「……どうかしたの? 桐椰くんから何か変なこと聞いた?」

「いや……その……」

「あ、松隆くんがやっぱり怖い? 大丈夫だよ、私がまとめて渡しとくよ」

「それは多分マズイと思……。……いや」


 益々眉を顰める私に、鳥澤くんは観念したようにぎゅっと眉間に皺を寄せて──ややあって額を押さえた。


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