第四幕、御三家の幕引
「……多分、桐椰は……桜坂さんが、松隆のいる部屋に一人で行くのを心配してたんじゃないのかなって……」

「え? 何が? なんで?」


 私は鳥澤くんと違って、松隆くんに取って食われる心配はないんだけど……。妙なことを口走った鳥澤くんの前で益々首を傾げる羽目になる。傾げすぎて最早角度は九十度近い。なんて冗談はさておき、鳥澤くんは「あー……うん、そうだね……俺達の……俺の(よこしま)な心のせいかな……」とやはりはっきりとしたことは言わなかった。

 それはさておき、私達の目的は松隆くんへのお使いだ。部屋のチャイムを鳴らす、でも反応はない。暫く待って、二人で顔を見合わせて、私は見えもしないのに覗き穴を見る。


「まだお風呂かな?」

「そうかも。暫く待っとく?」

「そうだねえ。松隆くん、意外とお風呂好きなんておじいちゃんみたいだね!」

「悪かったね、じじくさくて」


 扉を背に笑い飛ばしていると、背後の扉が開いた。まるで魔王でも登場したかのように「ひっ!」と飛びのき鳥澤くんの後ろまで下がると、鳥澤くんもたじろいで数歩下がった。私達、松隆くんの前における最弱コンビだな。


「ごめん、どうせならと思ってのんびりしすぎた」


 そして松隆くんは、その髪からぽたぽたと水滴を垂らしていた。その台詞のとおり、間違いなく湯舟に浸かってのんびりしていたところだったんだろう。いつもは表情を隠すように下ろされた前髪は水で掻き揚げられ、慌てて着た黒い長袖のTシャツ (ホテル名が裾に書いてあるので、多分ホテルが貸してくれたやつだ)も肩のあたりが濡れている。ズボンは最初に着ていたものと同じだから濡れなかったんだろうな。


「……松隆くん、額出すとワイルド系王子様だね!」

「馬鹿にしてんの?」

「まさかあ! 褒めてるのに!」

「それで褒めてるつもりとか、頭湧いてるくらいあるよ。……それ、俺の荷物? ありがと」


 さらりと暴言を吐き、松隆くんは鳥澤くんからコート等を受け取る。そのまま部屋の中に戻ろうとするので「鳥澤くん! 高級ホテルの中を見れるチャンスだよ!」と、今にも逃げ出したそうな顔の鳥澤くんを無理矢理引っ張った。


「高級ホテルの中っていっても、ここは普通だよ。スイートとかってわけじゃないし」


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