第四幕、御三家の幕引
「少なくとも、俺の父親にはそう見えたんじゃないかと思う。だから、父親は……桜坂の母親を支えられなかったというか、頼りにされることがなかったというか……。父親が桜坂の母親を、恋人じゃなくても、何らかの形で支えることができたら、また違ったんじゃないかって、そういう後悔をしてるんじゃないかと思うんだよね」


 ……そうなのだろうか。少し考え込んでしまう。松隆くんのお父さんにそこまでする義理はない。ただの──過去にふられたとはいえ──友達だ。どんなに仲が良くても、いつか疎遠になってしまうことは仕方のないことだと思う。それを後悔するような優しさを、松隆くんのお父さんは、お母さんに手向けてくれているのだろうか。

 それは、どこか、恋愛の未練に近いような気がした。


「だから……父は、きっと、桜坂に同じ(てつ)を踏んでほしくないというか、そういう懸念を抱いたんじゃないかと、思うんだよね。余計なお世話か見当違いなことかもしれないけど」

「…………」


 あながち見当違いではない、と答えることはできなかった。


「……だからね、桜坂」

「……うん」

「俺は──俺達は、ずっと、桜坂と一緒にいるよ」


 次に何を言われるか、あまり考えていなかったというのもある。ただ、その、あまりにも唐突な申し出は、本当にあまりにも唐突で、不意を衝かれた。「え……」と動揺した声が出てしまって、松隆くんが苦笑いをする。


「……まあ、そんな、たいそうなことをできるわけじゃないんだけどさ。片時も傍を離れないとか、同じ場所で暮らすとか、そんなことまではできないし、そんなことをするつもりはないんだけど」

「…………」

「ただ、俺達は桜坂の友達だから……ずっと、こんな風に笑ってられるし、何かあれば頼られる存在でいられるようにする」


 松隆くんのお父さんが、私に抱いたかもしれない、お母さんに対するのと同じ危機感と違和感。それに加えて、同い年の、知ってか知らずか似た関係の、御三家と私。

 私達は、やはり、私達の親にぴったりと重なってしまっていると、見ていて憂慮(ゆうりょ)に耐えなくなってしまったのだろうか。

 そうだとしても、松隆くんのお父さんは松隆くんに、明確な言葉では何も言ってない。何も、言ってないから、その優しい言葉は、松隆くんのものだ。


「……あのね、桜坂」

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