第四幕、御三家の幕引
「だから、俺は──俺達は、桜坂が、俺達にとって大事な人なんだってことは、何度でも、いくらでも伝えられる。俺が桜坂を大事に思うのは、別に桜坂に特別な感情があるからだけじゃない。ただ、桜坂が友達だからだよ」


 借り物でも何でもない台詞が語った、その感情は──。


「たった、それだけだよ」


 思わずその場にへたりこみそうになってしまう私に手を差し伸べることもなく、松隆くんは、まるで舞台の幕を下ろすように、扉に向き直る。


「俺と桜坂を繋いでるのは、たった、それだけ」


 思いの丈を綴りきるかのような告白と、有無を言わさぬ終止符。


「……ほら、桜坂。二、三分じゃ終わらなかったから、みんな待ってるし」


 愕然とした私に余韻さえ与えず、まるで夕飯の献立の話をしていただけかのように、がらりと声音を変えて、松隆くんは日常へと私を引き戻す。


「早く、降りるよ」


 平気な顔をした松隆くんの隣で、私は呆然とするあまり、思考が停止したままだった。なんとかその背中を追いかけて、エレベーターを待ちながら、隣でそっと様子を伺うように視線だけ動かしてみるけど、松隆くんは知らんぷり。脇にコートを抱えて手首に着替えの入った紙袋を下げてポケットに手を突っ込んで、気だるげにエレベーターが降りてくるのを待っている。たったそれだけなのに、相変わらず絵になる王子様だ……。さっきの告白も相俟って、見てるだけで顔が火照(ほて)ってしまう。

 告白──そうだ、告白だ。思わず、変わってしまいそうになる表情を隠すために、口を覆い隠した。俺は他の誰かを好きになるのかもしれない──その声に(にじ)んでいたのは、穏やかで緩やかな確信。根拠はないのかもしれないけれど、どうせそうなることは分かりきってる、そんな確信だ。その確信に騙されてしまいそうになるけれど……松隆くんは、結局……、少なくとも、高校にいる間は、私のことを好きだと言っていたようなものだ。


「どうしたの、桜坂。着いたよ」

「あ、うん……」


< 333 / 463 >

この作品をシェア

pagetop