第四幕、御三家の幕引
 みんながいるところに、素知らぬ顔で戻れるだろうか──なんて悩む間もない。松隆くんの後ろをとぼとぼとついて歩いて、すぐに応接室に戻ってきてしまう。応接室には、私が出ていくときのメンバーがそのまま残っていた。二つの島のごとく分かれたソファ席のうち、右手の島には月影くんと桐椰くんが入り口を向いて、その対面に鳥澤くんが座っている。そして左手の島にはふーちゃんが座り、左右の島の間に深古都さんが立っていた。さすが執事、お嬢様の隣には立っても座らないらしい。

 桐椰くんが松隆くんを見て「おー」と適当な挨拶をしながらニヤニヤ笑う。


「頭ぺしゃんこじゃん。ワックス貸してやろうか?」

「いいよ、もう帰るだけだし」

「お詫びにケーキと紅茶が出るらしいが」

「あげる。今から戻ったって、水かけられた男だって分かるじゃん」


 クスクスとふーちゃんが笑えば、じろりと松隆くんの冷ややかな視線が飛ぶ。そんな睥睨(へいげい)からお嬢様を守るように、深古都さんがすっと前に出た。


「松隆様、ご帰宅なさるのであれば、僭越ながら私がお送りいたしますが、いかがしましょう」

「……結構です。歩いて帰ります。お気遣いありがとうございます」


 ……なんだろう。二人の遣り取りに違和感を抱いたのは私だけではないはずだ。二人が揃って敬語を遣っているから、なんて単純な形だけの問題ではなく、どことなく冷え冷えとしたニュアンスが言葉に含まれていた気がする。「左様でございますか」なんて演劇じみた返事をする深古都さんの声も、やはり私と話すときとは少し違う……。


「で、お前らはケーキ食べて帰るってわけ」

「うん」

「うんじゃねーよ」


 けろっとした顔で頷いた桐椰くん、最初から最後までただのスイーツ遠足だったな。親友をなんだと思ってるんだ。


「ところで、桜坂様。忘れないうちに、こちらをどうぞ」


 不意に目の前に差し出されたファイルに、思わず「あっ」と声を上げてしまった。そうだ、今日の散々な騒動はすべてこのため! 受け取ろうとした瞬間──横から別の手がそれをかすめ取ろうとし、更にそれを深古都さんが素早く腕を持ち上げて防いだ。

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