第四幕、御三家の幕引
 手を伸ばしたまま間抜けに立ち尽くした私の前で、松隆くんと深古都さんが睨みあっている。いや、実際の表情はお互いただの無表情なのだけれど、私には睨みあいにしか見えない。たとえ松隆くんがにっこりと微笑んでも。


「それは、一体なんですか?」

「桜坂様との取引ですが」


 深古都さん! 背中を冷や汗が流れ落ちる。取引とかいうのやめてください。私が筆頭に松隆くんとふーちゃんのお見合いをぶち壊そうとしたみたいに聞こえるからやめてください。いや、筆頭なんだけど、(そそのか)したのは深古都さんなわけだし……!

「桜坂と、何の取引をしたんですか?」

「それは桜坂様にお聞きになられてはいかがでしょう。私としましても、軽率に第三者に契約の内容を漏らすことは憚られますので」


 それっぽい理由を付けて私に責任転嫁しないでくださいよ深古都さん! 見たら分かるでしょ? 私と松隆くんの力関係、どう見ても松隆くんが上なんですよ! そう心の中で必死に叫ぶも、深古都さんがそれを聞き入れるはずがない。そう、届いてはいるんだろうけど、深古都さんが聞き入れるはずがないのだ。

 二人のやりとりをソファから静観していたふーちゃんが「んー、亜季と取引ねー」と呟きながら小首を傾げた。やめてね、ふーちゃん。お願いだから余計なこと言わないでね。

 が、嫌な予感は的中する。ソファの背に腕を載せる、なんてお嬢様らしからぬ姿勢で私達を振り返っていたふーちゃんは「あー!」と、拳で手のひらを叩くという古臭いリアクションをとった。


「それって、あたしが破談になってもいいし寧ろそうしてほしー、って嘆いてたから? 深古都、流行の忖度(そんたく)してくれちゃったー?」


 ふーちゃん……! この空気の中で“流行の忖度”なんて茶化さないで。もう顔面を両手で覆ってしまいたい気持ちでいっぱいだった。桐椰くんは声を上げて笑うし、月影くんもいつもの無表情がすっかり緩んでいる。こちらに背を向けている鳥澤くんも笑っている気配が伝わって来る。松隆くんのこめかみにはもちろん青筋。深古都さんの脇を通り過ぎ、ふーちゃんが座るソファの対面にどっかりと腰を下ろし腕と足を組む。


「……もしかして薄野が俺の頭に水をかけるように仕向けたんじゃないだろうな」

「やだなー、今の聞いてたでしょー? あたしは何もしてないってばー」


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