第四幕、御三家の幕引
「やっぱり……おかしいと思ったんですよね……さっきも言いましたけど、相手の女はおそらく一年近く前に一度会ったきり、しかもろくに顔も見てない。肩書が分かっていたわけでもあるまいし、大体高校生の一年と二年なんて全然違う……」

「おーい総、落ち着け」


 ああ、松隆くん……。私達の前では余裕ぶってたけど、深古都さんの前だとただの高校生なんだな……。狼狽のあまり口調も表情も崩れてるし、詰め寄ってるのに明らかに松隆くんの立場が下だ。深古都さんは余裕たっぷりの無表情。


「仕組みましたよね……? 僕が水をかけられるように」

「桜坂様」

「今話してるのは僕ですが?」


 辛うじて敬語のままではあるものの、松隆くんのプライドが圧し折られた余裕のなさが滲みでている。今回の事件は松隆くんのプライドぽっきり事件とか名付けるといいかもしれない。松隆くんにバレたら殺されそうだけど。

 そしてなぜここで深古都さんが私に向き直ったかというと──火の粉を飛ばされて私は硬直した。


「策を練るときに、たった一つしかプランがないというのはいただけません。ろくに打ち合わせも行わない、付け焼刃(やきば)での演技などもってのほか」


 鳥澤くんのことだ。なんでもお見通しか。怖いよこの人! なんで私の周りにはこういう人しかいないのかな!

「常に失敗を想定し、別の策を練るのです。そして、その策は一つ目のプランを織り込んではいけません。言っている意味が理解できますか?」

「いや……どういう……ことなんですかね……」

「私は桜坂様に松隆様を誘惑するように申し上げましたが」

「は?」


 そこで素っ頓狂な声が割り込んだ。桐椰くんだ。松隆くんは思わぬ提案がなされていたことに酢を飲まされたような顔をしている。


「私は桜坂様にそのような芸当ができるなど期待しておりませんでした。もちろん、破談という目的に向けた一手段ですので、誘惑それ自体が奏功する必要はありませんでしたが」

「あの、なんで深古都さんは私には結構当たりキツイんですか? なんでなんですか?」

「桜坂様の行動は私にとっての一策に過ぎなかったわけです。概ね失敗するとは見込まれるでしょうが、私が手を下さずに破談に持ち込むという点で有意義な手段でした」


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