第四幕、御三家の幕引
 ……バサッ、と冊子を床に落としてしまいそうになった。幸いにも指ごと体が硬直したので貴重な資料を落とさずに済んだ。桐椰くんの顔なんて、怖くて視線さえ向けることができない。鳥澤くんはきっといつも通り狼狽しているに違いない。月影くんは多分半分面白がっていて、半分興味がない。そして、ふーちゃんは分かってて言ってるんだよな。


「……いや……面白くは……ないよね……?」

「えー、面白いよ? あの完全無欠ポーカーフェイスの王子様が誘惑されるの、見てみたいじゃんー?」

「ふーちゃんって本当に松隆くんのことオモチャ扱いしてるよね」

「顔が好みじゃないからかな?」

「……薄野ってわりと絶妙に総のコンプレックス突いてくるよな」


 今までどこかに意識が飛んでいたような声だ。だめだ、やっぱり桐椰くんの顔を見ることができない。


「で、それって何なの? あ、でもあたしは見ないほうがいいのかなー。御三家の秘密?」

「……そんな感じで」


 何が書かれているか分からない以上、ふーちゃんに見せるわけにはいかない……だろう。ただ、ふーちゃんはそうとなれば「そっかー。ま、深古都もあたしのこと待ってるんだろうし、ちゃっちゃと帰ろうかなー」と詮索(せんさく)はしないでいてくれるので、そこはそう思い悩む必要のある部分ではない。


「ていうか、王子様、見たことない顔してたけど平気? あれって戻るの?」

「戻るってか……」

「暫く根には持つが、まあそうだな、戻りはする。総が天敵を新たに認識しただけだと思っておけばいい」


 既にいる天敵は誰なのだろう。彼方だろうな。きっとそうだ。

 それにしたってあの松隆くんのご機嫌取りは大変なんだけどな……と額を押さえていると、扉がノックされて「失礼します」とケーキが運ばれてきた。紅茶が入っているらしきポットまで人数分ある。これこそ棚から牡丹餅(ぼたもち)。……松隆くんに水をかけたウェイトレスさんがどんな目に遭っているかは考えないことにしよう。


「あ、ケーキだけはあたしも食べて帰っていいー?」

「構わない。というより、暫くいる分にも構いはしない。俺達がこの話をするのを君が構わないなら、だが」


 言いながら、月影くんは私の手にある書類を叩く。パンッと紙束らしい、軽い音がした。


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