第四幕、御三家の幕引
 扉に耳を(そばだ)て、話し声がしないのを確かめてから「どーもー」なんて軽薄な挨拶と共に入る。鹿島くんは、ジャケットを羽織った状態で、今にも生徒会室を出ようとしていた。多分これから講堂に向かうんだろう。ご苦労様なことだ。

 そんなお忙しいときにやってきたせいで、鹿島くんは機嫌が悪そうだった。


「施錠するから出ていけ」

「開口一番出ていけとか。彼女に向ける言葉じゃないですよ明貴人くん」

「ああ、卒業式が終わるまでは邪魔しに来るなという注意を守れないくらい俺に会いたがった殊勝(しゅしょう)な彼女にかける言葉じゃなかったな、すまない」

「問答無用で出ていけと言うべきだったと聞こえるんですけど」

「国語力が元カノよりマシで助かるよ」


 何の用だと聞くことさえせず、鹿島くんは「そこで止まれ、卒業式があるんだから」と中に踏み入る私を制止する。急いでいるにしては焦る気配はないし、ただ煩わしいだけのようだ。部屋の真ん中にあるミーティングテーブルから手近な椅子を引いて座りこむと、珍しく迷惑そうな顔をされた。


「……なにがしたい」

「いやあ、しばらく会ってなくて、そろそろ顔も忘れちゃいそうなので見に来ました」

「記憶力が元カノより残念で呆れるよ」


 台詞のとおり溜息を吐きながら、鹿島くんは私のふたつ隣の椅子を引いて腰掛け、頬杖をついた。私が居座ることを早々に諦めたらしい。


「あ、なに? 卒業式の準備はいいの?」

「卒業式後の疲れたときに君の与太話(よたばなし)に付き合わされるよりは、今のうちに用件を済ませてもらったほうがいいと思ってね。早くしろ」

「えー、やだ、寛容じゃーん」

「いいから早くしろ。なんだ」

「いやあ、顔を忘れちゃいそうなので来ましたって言ってるじゃないですか」

「分かった、写真をやるからしばらく来るな」

「卒業式は今日で終わりなのに?」

「しばらく君の顔を見なかったお陰で、君がいない時間の良さに気付いてしまってね」

「明貴人くんの幸せに貢献しちゃった」

「不幸の元凶になることで他人を幸せにするなんて、詐欺師もいいところだな」

「今日の明貴人くん、イライラしてるね。何かあったの?」


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