第四幕、御三家の幕引
 それは、私の体が椅子に押し付けられた反動だ。

 ドッ、と心臓が飛び上がった。びっくりして声を上げそうになった瞬間、両肩を押さえつけていた両手のうち片手が口を(おお)両手のうち片手が口を(おお)い「んー!」とくぐもった声が出た。口から飛び出そうだった心臓は、そのままドクドクと鼓動し始める。

 目の前には、なぜか、花高の制服を着ている鶴羽樹がいる。髪は真っ黒だった。

 そうか、見た目が花高の生徒なら、警備員だっていちいち生徒手帳を確認したりなんかしない。そして鶴羽樹が花高の制服を手に入れることは簡単だ。

 甘かった。白昼堂々、まさか昼休みに校内に入って来るなんて思っていなかった。

 鹿島くんは、鶴羽樹が何をしようとしてるかなんて知らないって言ったのにな……。しかも、わざわざ忠告するような台詞を言っておいて、その裏では鶴羽樹に制服を貸していたなんて。とんだ二枚舌だ。少しでも信じた私が馬鹿だった。

 鶴羽樹の手の中で、思わず唇を噛んだ。

 その動作を勘違いしたのか、鶴羽樹は少し首を傾げた後、気を取り直すように手に力を込めた。


「桜坂って呼ぶべき? 幕張って呼ぶべき? どっちでもいいか、俺にとっては幕張のほうがしっくりくるんだけど」


 前回と同じく、鶴羽樹は当然のようにペティナイフを取り出す。刃渡りは十センチ以上はあるな──と辛うじて確認できた後には、それがそのまま喉元に押し当てられた。代わりに、口を覆っていた手は離れた。


「声、出すなよ」

「……何するつもりなの」


 手が離れた後の口元が気持ち悪くて、本当は鶴羽の手に押さえられた痕跡を拭いたくて仕方がなかった。

 でも、そんな余裕はない。声を出すだけでも、震えた喉に刃先が触れる。月影くんのときと同じで、中途半端な気持ちでナイフを持っているわけではなさそうだ。私の喉をナイフで切ることになってしまっても構わない──そう思っているのが、迷いのない手の動きからよく分かる。


「そのうち分かる。とりあえず第六校舎に行こうか」

「……言っとくけど、松隆くんと桐椰くんに、生徒会室に行くことは言ってあるよ。私が十分以内に帰ってこないと、二人が様子を見に来て異変に気付く」

「だったら、なんだっていうんだ?」


< 388 / 463 >

この作品をシェア

pagetop