第四幕、御三家の幕引
 鶴羽樹にとって少しでも誤算であれ──。そう祈ったけれど、どうやら何一つ誤算はないらしい。動じることなく、鶴羽樹は生徒会室を出るように促す。人に見られることを見越してか、ナイフは首元からゆっくりと胸の前を下り、脇腹を通って背中に回った。いつでも背中を刺せるんだ、といわんばかりに。


「……廊下に誰かいたら? 第六校舎に行くまでに先生に見つかるかもよ」

「今日は国公立の合格報告で忙しいんだろ? 教師連中も廊下をうろついてなんかいない。生徒だって、報告に来た先輩に会いに行ってるし……わざわざ本校舎の西の端っこになんか来ないよな」

「……だから今日なんだ?」

「当然だろ?」


 桐椰くんと松隆くんは、だから今日はないだろう、って言ってたんだけどな……。

 鶴羽樹の目論見(もくろみ)どおり、廊下には誰もいなかったし、第六校舎に向かうまでもほとんど誰にも会わなかった。一人、二人くらいとは擦れ違ったけれど、背中のナイフは擦れ違う人の死角で、私達の不可解さに気が付く人はいなかった。

 私の状態に、誰も気が付くことはない──不意にその事実を突きつけられ、歩く足がもつれて転びそうになった。

 その瞬間、背中に押し付けられていた硬い刃が一瞬だけ離れ、すぐに吸い付くように背筋を撫でた。


「転んだふりして逃げようとか、そういうのはやめとけよ」


 ナイフの背を押しあてられているだけだから、制服も体も切れはしない。でも、一瞬の隙も与えまいとするのが伝わってくる。逃げようとしたわけじゃあなかったけれど、そう受け取られる動きは避けなければならない。

 緊張した体は、しばらく震えていたけれど、歩いているうちに段々と収まってきた。震えが収まれば、少しだけ考える余裕も出てくる。

 鶴羽樹の目的は、きっと私の拉致だ。さっきの口ぶりからすれば、鶴羽樹にとっては、松隆くんと桐椰くんが十分(じゅっぷん)かそこらで私の異変に気付いても問題はないらしい。ということは──拉致するだけなら、五分もあれば充分だから──このままどこかへ連れて行くのだろう。

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