第四幕、御三家の幕引
 私の背中から、もうナイフは離れていた。きっともう逃げる場所がないからだろう。ゆっくりと顔だけ振り返ると、鶴羽樹は、ナイフを手放してこそいないものの、逆手になるようにナイフを持ち替えながら「あそこから落ちたらしいな」と私の背後を指した。

 あそこ、と言われても、どこがそこなのかは分からなかった。柵の壊れた部分があるわけでもなく、争った跡があるわけでもなく、辺りには何の痕跡も見当たらない。見えている光景に、特徴的なものはなにもなく、ただ“使われていない校舎の屋上”でしかなかった。透冶くんが最期にいた場所だと知らなければ、この屋上に何かを感じることなんてないだろう。

 ビュオッと、再び突風が吹いた。風に煽られた髪が横顔に叩きつけられる。

 なぜ、鶴羽樹は、私をこの場所に連れてきたのだろう。


「……ここで、一体、何がしたいの?」


 心に疑問は生じたし、口にも出したけれど、なんとなく答えは分かっていた。だって、こんなところですることなんて、一つしかない。


「ここで死ねよ」


 現に、愚問だといわんばかりに歪んだ笑みの答えは、予想と寸分(すんぶん)の狂いもなかった。

 あまりにも唐突で現実的な死の宣告を前に、どうしてか、自分でも驚くほど冷静だった。そういえば、以前、鹿島くんもそんなことを言っていた。

『だったら俺と付き合う前に死になよ』

 それは、まるで挨拶のように滑らかな死の宣告だったことを覚えている。

 でも、鶴羽樹の言い方は違う。鹿島くんは、どこかどうでもよさそうに、試すような口ぶりだったけれど、鶴羽樹のそれは、正真正銘の命令だった。しかも、当然そうあるべきだとでもいうような命令。


「……海咲さんが亡くなったのは、私のせいだから?」

「分かってんじゃん」


 くるりと、鶴羽樹の手の中でナイフが躍り、持ち方が順手に戻った。見かけによらず器用だ。


「幕張、お前、知ってるか? お前が俺に何をしたか」

「……覚えてない」

「肩がぶつかったって理由だけで俺の右腕へし折ったんだぜ?」


 ……覚えていない。相変わらず、全く覚えていない話だ。

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