第四幕、御三家の幕引
十、その関係に名前をつけて

(一)彼氏と彼女の密談

「明貴人くん、お昼食べるよー」


 名前を呼びながら生徒会室の扉を開けると、机についている鹿島くんが顔を上げた。いつものことだからか、その表情はどこか呆れて見える。


「教室で待ってろって言ってるだろ」

「待つのに慣れてないもので」

「慣れろよ」

「大体、昼休みが始まった途端に教室から消えてるの不思議なんだよねー。そんなに生徒会長の仕事って忙しい?」


 ひょいひょいと生徒会室内に入り、生徒会長の机に我が物顔で腰掛ける。パリッと菓子パンの袋を開ければ「机が汚れる」と文句を言われた。無視してお茶のペットボトルを置けば、鹿島くんがペンを置いた。


「君は、意地でも教室で俺と食べようとしないな」

「不本意すぎる痛い視線を食らい続けたくないもん」

「そうならないように身形(みなり)をマシにしたんだろ? ま、それでも前と大差ないか」


 鹿島くんの指示で、メガネはやめてコンタクトにする羽目になった。前髪も整えろと言われて毎朝巻いているしハーフアップにもした。お化粧だってかなり薄くだけどした。全ては“隣に並ぶ彼女の見た目が悪いのは俺の評価にも影響する”なんて我儘な鹿島くんのご要望だ。お陰で朝の準備が増えて面倒くさい。

 挙句、そこまでしているのに変貌(へんぼう)マジックは初日くらいしか起こらず、一週間経った今は「結局桜坂さんって普通なんだよね」なんて言われてしまっている。最近学んだのは「化粧映えする」は半分悪口だということだ。


「でも鹿島くんだって顔面偏差値は平均より上なだけだよ。松隆くんの顔面偏差値は鹿島くんの二倍くらいあるよ」

「平均以上の人間の偏差値を二倍した数値が偏差値として適正なわけないだろ」

「その言い方、月影くんの下位互換だからやめたほうがいいよ」

「大体、昼を一緒に食べようって言いながら俺が食べ始める前に食べ終えるのはどういうことなんだ?」

「拗ね方に可愛さが足りないから桐椰くん見習ってきて。あと私は食べるよって宣言しただけです。合わせるとは言ってません」


 最後の一欠けらを飲み込んで、くしゃくしゃっと菓子パンの袋を丸めた。ぽいっとコンビニの袋にそれを入れる。そんなことをする私の左後方で、鹿島くんはお弁当を取り出す。もちろんコンビニ弁当なんかじゃない、高そうな漆塗りのお弁当箱に入った豪勢なご飯だ。膝の上に肘をついてそれを見下ろした。
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