第四幕、御三家の幕引


「痛っ!」


 ──違う、私のいる場所を狙って突き刺したんだ。まるでメスで開くように、首が滑らかに切り裂かれた。その鋭い痛みに襲われるより早く、崩れた体勢に文字通り追い風が吹く。

 落ちる。慌てて柵を掴めば──それはグラリと揺れた。

 ギイイィィッと鉄の軋《きし》む耳障りな音が響いたと思った瞬間、ガシャッだかバキッだか、朽ちた鉄の折れる音が耳に突き刺さった。


「死んじまえよ」


 その台詞が吐き捨てられたのと、胸にとどめの圧迫感を覚えたのが同時だった。


「嘘……」


 視界が一瞬で回る。青空でいっぱいに満たされたかと思うと、背中にガツンと衝撃が走った。体は妙な浮遊感に襲われた。古びた柵と一緒に宙を舞う。

 死の感覚に、怯えた心臓がドックンと大きく鼓動した。


「くっそ!」


 かと思えば、胸座を掴まれた。

 鹿島くんの手に掴まれたのだと気が付いたときには、反動で体のバランスをうまく保てず、足を踏み外したところだった。ガクン、と一気に体が下に落ちる感覚が走り、鹿島くんが目を一杯に見開く。

 ガンッ、と鹿島くんがその手を屋上の端で殴打した。同時にビリッと繊維が千切れる音もした。

 鹿島くんの顔から外れた眼鏡が、私の横を落下していった。カシャーン、とプラスチックがコンクリートにぶつかる音が、微《かす》かに聞こえた。

 這いつくばった鹿島くんは逆の手を伸ばし、私の胸倉ではなく、私の右腕を掴み直す。苦々しげに歪んだ顔は、眼鏡がないせいか、知らない顔みたいだった。

 そして、さっきの鶴羽のナイフは鹿島くんの右頬を掻っ切っていたらしい。重力に従って流れた血が──雨粒のように降ってきて、私の頬に垂れた。


「……いい加減にしろ、死にたいからって人を巻き込むな」


 まさか鹿島くんに助けられると思ってなかったせいで、呆然として言葉が出なかった。鶴羽樹が悠々と横に立ち、私と鹿島くんを忌々し気に見下ろす。


「いい加減にするのはお前だろ、明貴人……。その手、離せよな……」


 ガッ、と鶴羽の足が鹿島くんの腕を踏みつけ、ただでさえ歪んでいる鹿島くんの顔が一層の苦痛に歪んだ。でもその瞬間、私の腕を掴む鹿島くんの手の力は弱まるどころか強くなった。なんで。

 鶴羽はもう一度足を振り上げる。


「さっさと死んでくれよ」


< 403 / 463 >

この作品をシェア

pagetop