第四幕、御三家の幕引
 どうしよう。握りしめた手の中が少しだけ汗ばんだ。桐椰くんに言われたときは断片的にしか思い出せなかったのに、思い出した。

 あの時、私を見たあの目は。


「……海咲のお見舞いに行く前……あのビルの階段の一番下で、座り込んで考え込んでた。そんな時に襲われたから、きっと俺は酷い顔をしてたんだろうな」


 思い出した。徐々に記憶が鮮明になってきた。あれが鹿島くんだったんだと──今目の前にいる人なんだと、言われて、やっと分かった。

 高校生三人に囲まれた一人の中学生。意味のない罵声を浴びせられながら、ボールを転がすように蹴られていた。そんな目に遭っていたら、普通なら助けてもらいたいはずなのに、通りがかりの私に向けられたのは、そんな目じゃなかった。

 殴られている最中に、ただ視線のやり場を探して彷徨(さまよ)った、たまたまその先に人がいたから、反射的に顔を見た、たったそれだけの目だった。

 そうだ。あれは、桐椰くんじゃなかった。桐椰くんはあんな目をしない。あの感情のない、どんよりとした黒い目……諦めさえも抱いていない、すべてを投げ出したがっている目は、桐椰くんのものじゃあなかった。

 もちろん、今の鹿島くんの目とも違う。でも、今、私と話している目は──呆然と、虚を見つめるような目は──あの日の目に似ていた。


「……でも、鹿島くんは、助けてほしいなんて、思ってなかったよね……? 私が気紛れで、勝手に助けた……」

「ああ。でもあの日は、海咲に会えた最後の日だったんだ」


 最初に、海咲さんが亡くなる前の日だと言っていたから、それは薄々分かっていた。


「結局、あの日が最後だった……あの日の前日に会ったとき、もういよいよ悪いって医者に言われてね。二日後の手術も、多分成功しないって言われてた。そうしたら、もうどんな顔をして海咲に会えばいいのか分からなくなって、悩んでたんだ。……君に助けられなければ、あの日海咲に会いに行くことはできなかったと思う。そうしたら、海咲と最後の言葉を交わすことはできなかった」


 その最後の言葉を思い出したのだろう。鹿島くんは表情を隠すように額に手を当てた。


「……あの日のあたりは、色々あったから、俺もすっかり忘れてた話だけどな。この間、菊池に会ったときに思い出したんだ」

「雅に……?」

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