第四幕、御三家の幕引
「……タイミングなかったし、つかタイミング逃したら、どこで言えばいいのかも分かんなかったし。総達もいるから、なんかそこで言うのも違うし」

「……うん」

「……だから、俺はずっと、お前にそう言いたかったんだよ」


 多分、桐椰くんの心臓も私と同じくらい、うるさく鳴っている。飛び出しそうになる心臓を押さえるみたいに、桐椰くんは口を押えた。


「……遅くなったけど、本当に、あの時はありがとう」

「……どういたしまして」

「……そんだけ」


 沈黙が落ちた。お互い、続ける言葉に困っていた。帰ろう、と言えば済む気がするけれど、この空気で帰っても、沈黙が続くのは変わらない気がした。

 それなら、もう少しだけこの話を続けようか、なんて気持ちになって、口を開いた。


「桐椰くんは、聞かないんだね」

「ん?」

「私が、なんで幕張匠だったのか」


 なんでそんなことをしていたのか、なんで幕張匠なんて名乗っていたのか、気になって当たり前だと思うんだけどな。

 でも、桐椰くんは「んー……」と言うだけで、やはり聞こうとはしなかった。なんなら、聞くつもりがない理由を説明する方法を探しているようだった。


「まあ……聞く理由はないだろ」

「……気にならないの?」

「……お前のことだから、気にはなるけど。一人で悩んでたのかなあとか、今でも悩んでんのかなあとか。でも、お前が話したいことならいつかお前が話せばいいし、お前が話したそうにしてたら聞くし、ってくらいで」

「……そう」

「……まあ、なんなら、今は聞かなくてもいいよ。お前と幕張の関係だけ、ずっと分からなかったから。それさえ分かれば、他のことは、ここ数日で整理できたし」

「……そっか」

「……散々嘘吐()かれてた中で、やっと聞けた“本当”だったから。……それがお前の本当なら、もう何も言わないよ」


 ……そっか。目頭が熱くなってきて、震える目蓋(まぶた)を閉じた。

 私の本当なら、か。


「……幕張匠っていうのはね」

「……ん」

「……幕張っていうのが、桜坂の家に養子にいく前の私の苗字。本当は弟も生まれる予定で、その弟の名前が匠。だから、幕張匠っていうのは、弟の名前」


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