第四幕、御三家の幕引
 でも、私が不倫してできた子ってばれちゃったから、お父さんとお母さんは離婚したし、弟は流産しちゃった、と説明する間、桐椰くんは口を挟まなかった。


「匠っていう名前の由来は、お母さんの不倫相手──今の私のお父さんの名前。お母さんが呟いた拓実(たくみ)って名前を、そのまま子供につけることになってた。だから私は──それを知って、幕張匠って名乗ることで、今のお父さんを糾弾(きゅうだん)もしたかった。……不倫が原因で、お父さんとお母さんは仲が悪くなって、そのまま離婚したのに、不倫相手のお父さんは全然関係ないって顔して何の連絡もしてこなかったから。マクハリタクミって名前が、いつかお父さんの耳にも入って、お母さんの苗字と自分の名前なんだってことに気付いて欲しかった。自分がした過ちに気付けばいいと思った」


 だから、幕張匠という名前を売った。

 それが、顔も知らない父親の耳に入るなんて、本気で思ってるわけじゃなかった。でも、そうでもしないと、あの鬱屈(うっくつ)とした気持ちのやり場がなかった。


「この間、松隆くんのお父さんから聞いたんだけど、離婚する前後でお母さんは鬱病(うつびょう)か何かになってたみたい。でも、中学生のときの私には分からなかったから、ただお母さんと仲が悪くなって……お母さんにも、生まれなきゃよかったとか言われるようになってた」

「……そっか」

「でも、弟はちゃんとお父さんとの間にできた子だったから。匠のほうは生まれればよかったのにって言われてて、私は、幕張匠だったら、ちゃんと生きてる価値があったのかなって思うようになって。それが、幕張匠って名乗ることにしたもうひとつの理由。そうしたら、私にも価値があるかなって思って」


 結局、意味はなかったんだけどね。そう苦笑いしたけれど、桐椰くんは笑わなかった。


「……幕張匠をやめたのは、お母さんが死んじゃったから。お父さんは離婚して連絡が取れなくなってたし、もう幕張匠でいても、誰も価値は認めてくれないなって気付いちゃったんだ。だからやめたの。どうせ──雅を見てたから分かったけど──男の子のふりするのも、限界だったしね」

「……どおりで、あれから探してても会えなかったわけだ」

「……そうだね。でも、桐椰くんに会えるなら、もうちょっと幕張匠でいてもよかったかな」


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