第四幕、御三家の幕引
「就活のストレスでね。君らに喫煙者はいないのか?」

「いねーなあ」

「そのほうがいい。肩身が狭いよ、喫煙者は」


 鹿島くんは穏やかに笑った。その横顔を見た後、バックミラーに映る桐椰くんに視線を移す。桐椰くんも、鹿島くんの微笑を見て、少しほっとしたような表情をしていた。


「桐椰、送るのはどこがいい?」

「ん。駅まででいいよ、俺は」

「そんなに遠回りじゃなきゃ近くまで送るよ。どこに帰るんだ?」

「今は実家に戻ってるよ。もう一人暮らしの部屋は引き払ってるから」

「そっか。それなら駅までだな、丁度真逆の方向だ」


 鹿島くんの手慣れたハンドル捌きで、墓地を後にする。バックミラーに映る灰色の景色は、ゆっくりと離れて行った。


「……コスモス、お前の?」


 沈黙が落ちた車内で、最初に口を開いたのは桐椰くんだった。


「ああ。言ったことがなかったけ、コスモスが好きだったんだ」

「そっか。……っていっても、それはお前が持ってくるべきか」

「というより、そんなに気を遣うなよ。言ってるだろ、君らに何の責任もないって」


 それをご丁寧に喪服まで着て、と鹿島くんは(うそぶ)いた。桐椰くんは「まあ……」と少し言い淀む。


「七年前、樹が言ったことを気にしてるのか? あんなの、樹の妄言みたいなもんだよ」

「……鶴羽は、今どうしてるんだ?」

「服役中」

「……あ?」

「去年、執行猶予中に暴力事件を起こしてね。すっかり刑務所の常連だよ、アイツは。そういう話はお前のほうが詳しいんじゃないか?」

「……まあ、法律の話はそうかもしれないけど。……そっか」

「俺は、もう連絡は取ってない。たまに、夏苗から聞くだけだよ。ただ、夏苗にも、もう樹とはあんまり関わらないようにって言ってある」


 アイツは変われなかったからね。鹿島くんは、置いてきた過去のように、そう付け加えた。桐椰くんは何も答えなかった。

 駅が見えると「適当な路肩で下ろしてくれていい」「そうか? 時間があるならコーヒーでもと思ってたけど」「……悪いけど、遠慮しとく。今日のうちに済ませたいことがあるから」「そっか、これから忙しいよな」と二人の短い遣り取りがあって、結局駅前のコンコースで桐椰くんだけが車を降りた。


「送ってくれてありがとな。落ち着いたら飲みに行こう」

「ああ」


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